(編集者/独眼竜)
●砂上の楼閣を築く日本人 日本の政治家と中国人女性通訳のスキャンダルがよく話題になる。日本の政治家の多くは、こうした美人中国人通訳にまんまと手玉に取られる。こうした中国人女性は公安当局の回し者であり、謀略や工作を主な任務としている。そのターゲットは日本の政治家であり、次に財界人や学識経験者となっている。そしてこうした謀略と工作の裏には北京政府の意向が大きく働いている。 この北京政府に莫大な金を貢ぎ、集られているのは、日本を筆頭に、台湾や香港であり、彼等もまた、日本人同様に、大陸に砂上の楼閣を築く国民である。 では、砂上の楼閣を築いた後はどうなるのか。 総べて北京政府のものであり、うまい事を行って工場や学術施設を作らせ、それをタダでせしめるのである。これをかつて毛沢東は「元手いらず」と云った。 ある華僑雑誌では、次のように挙げられている。 「日本人は強者に媚びを売り、東南アジアや弱者を見くびり、北京の独裁者達に金を貢ぐだけの三流政治家しか選ぶ能がないエコノミック・アニマル」 この評に対し、これを否定できるだけの日本人は、そんなに居ない筈である。そして中国っ大陸には、日本企業が競って砂上の楼閣を、取り上げられることも知らないで、せっせと築いている。 世界は連動して動いている。日本だけが固有の動きをしているのではない。事を成就させるには、各国の風土と風習を知り、各国の矛盾を利用しなければならないのである。しかし日本は、逆に逆手を取られ、日本の矛盾を巧みに利用され、その露払いが、中国大陸への企業誘致である。 そして中国には、『紀念館工程』なるものがあり、ミサイルを飛ばすより勝ると言う政策がある。それは民族の精神教育の一環として、自国が経験した歴史に関する資料を蒐集し、これを展示し、公開すると言う国家事業である。 中国にある様々な紀念館は、日中戦争当時の戦争紀念館であり、これを展示し、人民に広く公開している。これは「心理戦」の駒であり、日本を誹謗すると同時に、中国人民に対しては虐待や惨殺を受けた事を自国の歴史書の中に記載し、人民教育として教え、人民の闘志を振るい立たせ、世論操作するという、功名は方法を用いる。そして、最後には敵である日本人を跪(ひざまず)かせ、多額の金を貢がせ、万一敵対する場合には、全国人民を総動員させる瞬発力になるからである。 もし、こうした事態が起こった場合、多国籍企業として日本に築き上げた工場や設備は、一体どのように処理されてしまうか、想像に難しくない。 ●近代戦と犯罪組織の合従 古代の戦争と近代戦の大きな違いは、近代戦に於ては、資本主義の原理が戦争にも働いているという事である。特に近代戦に至っては、麻薬絡み、あるいは麻薬売買によって得た利益が、軍資金調達の主力を担っているという事である。麻薬によって得た金で高性能な武器を調達し、また麻薬によって敵兵を麻薬漬けにして撹乱し、あるいは軍機を低下させて将兵の士気を弱め、前線の戦闘部隊を腑抜けにさせると言う手が遣われる。 これに伴って戦略的には、犯罪組織と戦争技術者の戦術側が合従し、連携し、それを企てる側と、それを阻止する側で激しい攻防戦が繰り返される。戦争を正攻法で戦った時代は、遠い昔の事である。 したがって戦争を理解するには、戦術や戦略のみならず、むしろ戦争の中に「戦略」と言う次元の中で、近代戦の、こうした犯罪絡みの策略が既に組み込まれているという事である。 おおよそ戦いと言うものは、戦術のみを以て四つに組合う時代は終わっている。正攻法ではどうにもし難い事がある。 また前近代的な奇手をもって、奇襲や奇略を用いると言う手法はあまり見られなくなってきた。こうした戦法が廃れ、近代戦にとって変わった時期がいつの頃かと察すれば、それは太平洋戦争の頃に表面化していると言える。この頃から、情報戦は管理・分析の手法が表面化し、既に今日で言う情報管理の必要性が浮き彫りになっている。しかしこの時代、日本はこうした現実の移り変わりの気付く時間が遅く、大戦末期の最後の最後まで、情報を管理しそれを分析すると言う観察の眼を開く事が出来なかった。 敗戦以降も、「何故日本が戦争に負けたか」と言う根本原因すら突き止める事が出来なかった。これに漸く気付いたのは、つい最近の事である。 世界の民族から言って、日本民族と言うのは、元々戦争の特異な民族ではない。戦いと言えば、正攻法をもって、正々堂々と正面から四つに組合う戦法を最も好む民族である。裏の裏をかき、背後に廻り込んで、策を用いたり、敵を薬漬けにし、これによって戦闘組織を崩壊させるような「汚い手」を遣う事を、あまり得意としない。 バカの一つ覚えで、スポーツのようなルールに素直に従い、それを厳守する規則優先の人種である。この事は、元々日本人が戦いを得意とする民族でない事を顕わしている。その最たる証拠が、専守防衛と言うシビリアン・コントロール(civilian control)に貫かれた文民によって統制される管理・制御法である。 専守防衛とは、他を攻撃する事なく、もっぱら「守り」(但し現代の自衛隊法では「守死」は含まれない。命の危険を感じた場合、逃げても敵前逃亡とはならない。この点は旧陸海軍の軍規とは大きく異なる)によって自国を防衛する事を手段に用いるのであるが、その背後には先の大戦の軍部独走の反省から、軍隊の指揮権が文民によって統制される事を厳守し、武力行使を禁じた日本国憲法下における自衛隊のあり方を、このように定義する。しかしその背後には、政治の軍事に対する優位を定めた制度が歴然と顔を顕わし、軍部の政治への介入や独走を抑止するためのものであると定義されている。 一口に文民統制と言えば聞こえがいいが、果たして過酷な戦争に於いて、婦女子や戦争を好まない平和主義者に独占された文民統制理論で、犯罪組織と表裏一体となって展開される近代戦を、こうした連中が中心となって最後まで戦い抜く事が出来るであろうか。 根本問題は実に此処にある。むしろ最後まで戦い抜かれては困る反体制勢力の意図があり、激戦直前に万歳をする、見えざる者の手が隠されている事を、私たちは洞察しなければならないのである。この図式を突き詰めれば、背後に流れる意図的な作為からは「亡国」という現実が、末尾に控えていると言う事になる。すなわち、戦争の定義を、敵から攻め込まれて「負けない事」ではなく、敵の侵入を良くして、最初から「負ける事」と意識していると言う理論であると言う事が分かる。 つまり専守防衛ならびに文民統制とは、民族の負けない境地を説くものではなく、敵を、我が陣中に招き入れて、侵蝕を良くし、思想的精神的に混血を作ると言う意図が隠れている事も、また事実である。したがってこうした思想的精神的侵蝕に侵された場合、日本人の思考は、これまでの連綿として貫かれた日本的分野の精神的支柱が崩壊し、欧米に馴染み、横文字文化に侵蝕され、この混血流入によって、益々畸形化される危惧があるのである。 資本主義と言う欧米産物の政治システムは、今後も益々猛威を振るうであろう。しかしこの産物の中には同時に犯罪組織も同居し、我々の社会に隣接して、次なる近代戦の虎視眈々とした抉れ多部分を狙い撃ちする策動が隠されていると言う事を忘れてはならない。 ●中国に対する認識の欠如 日本人の中国に対する認識の欠如は甚だしいものがある。そしてその要因を作ったのは、日本人が終戦直後の飢えと、生活苦に苦しんで居た時の、中国での大変動とその時期が同じくする事に重なっているようだ。この為、日本人は中国を正しく認識する目を失ってしまった。 1945年8月15日から1949年にかけて日本は飢えと生活苦に喘いでいた。敗戦の痛手から立ち直れず、誰もが貧困に苦しんでいたのである。