内弟子制度 17
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【内弟子として適当と思う人柄】 ●優柔不断お断りの鉄則 尚道館で内弟子として適当と思う人柄は、次の通りである。 まず性格的に優柔不断ではなく、樸(すなお)で猜疑心(さいぎ‐しん)の少ない人。 中国の故事に、「外寛内忌、好謀無決」(がいかんないき、こうぼうむけつ)と云う言葉がある。 これは、外側は寛容に見えながら、内側は疑い深い上に、嫉妬心が強い。謀(はかりごと)を好む癖(くせ)に、決断力が欠ける。こうした人物は何不自由なく、我が儘(まま)に育った良家育ちの坊ちゃんタイプの人間に多い。つまり武術家不適当の「優柔不断」という事である。 優柔不断は武術指導者としては、極めて危険な人物なのだ。 また、表面的には思慮深くて、人当たりが良く、好人物のように見えるが、その内心は、八方美人であり、思慮はそれ程でもなく、注意深いように見えて、慎重に判断する事が出来ず、こうした人間を近付けたり、あるいは近くにいると思わぬ災いを受ける恐れがあるのである。その上、猜疑心が強い為に、迅速な行動をとったり、決断力に欠けるので、やがては「患(うれ)い」をもたらすのである。 『三国志』では、こうした人間を指して、その人間評価は「表向きの外貌(がいぼう/外面)は儒雅(じゅが/儒学を修め、文にすぐれていること)なりと雖(いえど)も、心に疑忌(ぎき)多し」と言われている。こうした人間は、運勢的には「凶」だ。一生涯、直ることはない。 また、状況が複雑になると、疑い深い人間は、最終的な決断が出来なくなって、最後には墓穴を掘るのである。「凶」たる所以(ゆえん)は、実に此処(ここ)にある。 内弟子として入門するに当たり、運動神経や技量的な才能や素質は一切問題にしない。才能や素質に恵まれていても、それが通用するのはスポーツや格闘技の狭い世界に於てだけである。 尚道館では、才能や素質はそれほど重要視しない。重要視するのは、その人間の持つ人間性だ。また、持って生まれた品位と品格だ。これに欠ける者は、一時期有名を馳せたとしても、その栄光に有頂天になって、気付いた時には過去の人となり、やがて寂しい晩年を過ごすことになる。 かつての有名を馳せた、往年のオリンピック選手が、晩年どのような人生を送っているだろうか。また、横綱を張った相撲力士が、プロレスの選手が、プロボクサーが、キックボクサーが、プロ野球選手が、Jリーグ選手が、是非一度こうした人達が、その後どうなったか追跡調査すれば、彼等が晩年どのように暮らしているか、一目瞭然である。 当時の選手で、果たして、今なお、英雄として尊敬を集めている人間が何人いるだろうか。 彼等を視るがよい。過去の栄光に縋(すが)り付き、忘れ去られたまま、寂しい晩年を送っている人間が殆どではないか。 試合できる間は、タレント有名人として持て囃(はや)され、また、本人も有頂天になって、強(こわ)持てで、取り巻から傅(かしず)かれるが、歳をとり、試合が出来なくなると、途端に人々の記憶から忘れ去られてしまう。所詮、スポーツ・タレントの世界とはこのようなものだ。 選手は使い捨てであり、弱くなれば、次々に新しい予備軍がこれに代わり、まるで地から湧いて来るように次々に浮上して来る。そしてその背後では、組織が潰れない限り、永久に旨い汁にありつける連中がいる。それは興行を仕掛け、組織を牛耳る主宰者と取り巻き幹部のみである。選手ではない。 では、人々の印象から何故消滅するのか。 それは、興行が娯楽であるからだ。更に、金や物や色を含まない、無形の財産目録が彼等にはないからだ。 日本人の多くは、彼等同様、金や物や色を外せば、忽(たちま)ちのうちに無形の財産目録は消滅する。若い頃、喧嘩で慣らした晩年の喧嘩師程、その後の人生は惨めなものはない。 過去の経歴や栄光は、このように脆(もろ)いものであることが、読者諸氏にはお解り頂けると思う。 尚道館では、過去を相手にするのではなく、常に、幾つになっても「今」を相手にするのだ。 したがって優柔不断(方災を暗示)は「凶」(【註】「災い」の意味を持ち、間接的に人を傷つける。《八門遁甲》では邪言(よこしま)の意)と定義する。また、尚道館で求める人物像は、潔(いさぎよ)いところがあり、心の迷いが少ない、優柔不断でない人に限られる。 優柔不断は、我が尚道館の長い歴史の中で、武術家に不適当であると言う、苦い経験の上から導き出された結論であり、こうした性格の持ち主は最終的に「災いを齎(もたら)す最悪の人間」であると断定する。 ●飽食に明け暮れた肥り過ぎ人間のお断りの鉄則 尚道館では「優柔不断」と同時に、飽食に明け暮れた肥り過ぎの人間もお断りしている。また、痩せ過ぎ人間も固くお断りしている。 体躯は中肉中背の「中庸」をよしとし、体重制限に於ては痩せ過ぎと肥り過ぎも我が流では不適当を判定している。痩せ過ぎ並びに肥り過ぎは、自分自身で食事のコントロールが出来ないだらしない人間であり、食養道ではこの種の人間を「どんぶり腹」と言って蔑(さげす)み、こうした自分を制御出来ない人間は、精進努力ならびに工夫を凝らす事の出来ない「人間のクズ」である。 ちなみに入門時の身体検査の体重制限は、『58kg以上〜80kg以下』(ただし女子は43kg〜63kg以下)で、身長には『160cm以上〜188cm以下』(ただし女子は152cm〜175cm以下)である。入門後は体重を56kg〜75kg(ただし女子は45kg〜58kg)までに体躯調整を行い、この制限を厳守して頂く。 また内弟子修行中に、体重が55kg(女子は44kg)を切った場合および、78kg(女子は59kg)を超えた場合は、強制的に破門・絶縁となる。押されて跳ね返るような貧弱な体躯、ならびに小廻りの出来ない鈍重な体躯の持ち主に、我が流は教える術(すべ)を知らない。 修行半ばに「痩せる」あるいは「肥る」という事は、隠れて間食している為か、偏食している為であり、自分の躰をコントロール出来ない人間は、口先だけで精進努力を唱えていても、実際には鈍重な体躯に振り回されて、走る事すら出来ないのである。武術家にとって「身軽である」という事は非常に大事である。しかし痩せ過ぎで身軽であると言うのは「胃下垂症」や「胃拡張症」であり、こうした体躯は健康とは言えない。 一方、体重の重い人間は、鈍重で長距離を走る事が出来ず、走れない人間は、戦場でも一番先に死ぬ人間である。自分の命を護ろうとするならば、まず、躰を身軽にして、走れることが大事であり、常在戦場の中で、走れなくなれば、後は死ぬだけである。 ちなみに今日の自衛隊では、体重が75kgを超えた者は、身体検査の段階で不合格になる。また仮合格して、入隊時まで2〜3ヵ月から半年間ぐらいの自宅待機期間があるが、本採用の時に、再び身体検査があり、この時に75kgを超えた者は、入隊が取り消され、その後、再び応募する事が出来なくなる。 昨今は、警察(【註】体重制限は下が、男子の場合は55kg以上で、上限はないが)も自衛隊(【註】一般自衛官の場合、中学卒業時迄の学力と云っているが、学科試験が難しくなった。曹候補士や幹部候補生はそれ以上)も様変わりし、一昔前のようには簡単で無くなって来ている。特に自衛隊は、その変貌が激しく、自衛官になる為の、私設の予備校までが登場する始末である。 学力検査も去る事ながら、体力制限や体重制限もあり、特に体重制限は厳格を帰し、これは「走る」という事を最初から意識しているものと思われる。また、学力が必要とされるのは、その場その時の情況判断が、一兵卒の判断によって戦闘が展開される、近代戦に対応したものと思われる。 戦争で、走れない兵士は一番先に死ぬ。走る事が出来てこそ、兵士の役目が勤まる。したがって、我が尚道館・陵武学舎も、走れない、体重のある者は、初めから不合格となる。 これまでを見ても、いつも問題を起こすのは、骨格が細く、筋肉がなく、大食漢で水太りの、鈍重で、鈍麻な人間だった。 自分の肉体をスマートにコントロールできない、意志薄弱者は、我が流の修行には不向きである。 ●凡夫は凡夫なりに、諦めずに努力する「今」の姿に大きな価値がある! 凡夫(ぼんぷ)は、凡夫であるが故に、それに諦めを感じ、凡夫で焉(おわ)るか、あるいは凡夫でありながら、凡夫の域から脱出を図り、少しでも我が心身を向上させようと願うかで、その人は、人としての、生まれた真価が試される。 出来が悪いからと言って、嘆くことはない。出来の悪さは、日々の努力で改善して行く事が出来る。しかしこの努力を、人間が諦めた時、その人は、人生の敗北者に成り下がるのである。 凡夫は凡夫なりに、凡夫の域から脱出しようとして、努力を怠らない限り、その人の生涯は、決して凡夫で終わる事はない。努力を試みる人間は、寝ていても、起きていても、休んでいても、今もなお、努力の作戦は続行中であり、これを忘れない限り、成就の可能性は常にあると言える。 尚道館では、努力によって愚(ぐ)から脱出し、人生に通用する人間を育成する機関である。ただ技が優れだけをよしとする、喧嘩上手を養成する格闘ジムではない。人から、中身の真価が評価され、老人になっても、若者から「道を請われる武人」を養成するのである。 宮本武蔵が何故、後世に至っても武神と崇(あが)められるか。 それは単に武技の遣(や)り取り上手ではなく、彼の裡側(うちがわ)から滲(にじ)み出る、人としての教養が、今なお人々の尊敬を集めているからだ。
彼は晩年、新興宗教に嵌(はま)り、現人神(あらひと‐がみ)と名乗る平凡な中年女性(この人は誇大妄想的な精神分裂病だった)の教団に馳(は)せ参じ、この教団に、手入れの入った警察官と大乱闘を演じている。 そして、ひと晩留置所に留め置かれ、釈放された時に語った言葉は、 「自分は悲しいかな、学問がなかった。あの中(女性教祖が璽光尊と名乗る新興宗教)に、己を導くものがあるのではないかと探究するうちに、ああ言う結果になってしまった」と、ぽつりと吐いたと言う。 武蔵は13歳から28歳まで、60回以上の試合に及び、悉々(ことごと)く勝利したが、この勝利に溺れることなく、30歳過ぎると試合をぷっつり止め、剣を筆に持ち変えて、書家となり、水墨画家となった。老いて熊本細川領に定住した時は、禅僧を師として、瞑想に耽る傍(かたわ)ら、『五輪書』を綴ったことは有名である。 今にして思えば、横綱・双葉山も、もし教育があり、教養と言うものを身に着けていたら、武蔵のような方向に転進する事が出来、名横綱の伝説は永久不滅のものになり得たであろう。 更には、武蔵の説く、空・風・火・水・地という、宇宙構成の根元であるエレメントを、彼の才能や素質とともに探究し、もし、これと一体となる秘訣を掴んでいたら、双葉山こそ、「無心の強さ」について、もっと現代的な言葉で、明確に語ることが出来たのではあるまいか。 そして人生の機微を知る、若者から道を請われる幸運を手にしたのではあるまいか。 しかし、惜しいかな、双葉山には、過去の栄光以外に、「今」を光らせる道標は、後世の人間に示唆することは出来なかった。ここに双葉山の悲劇があり、他にもスポーツや格闘技で慣らした多くの選手達の晩年の悲劇がある。双葉山こそ、何とも惜しい人物である。 尚道館の合い言葉は、「過去を振り返らず、《今》を見詰めて、未来の為の先駆けとして、その先駆者になろう」というのが、指導者となるべき内弟子に課せられたテーマであり、内弟子は、一切の過去に縋(すが)ること無く、今を真摯(しんし)に見据え、将来の見通しを、修行を通じて掴み取ろうとするものである。 ●尚道館・陵武学舎が求める人間像は、次の通りである
以上の項目の一つでも、自分の性格が掛かれば、それは充分に内弟子制度に合格するチャンスがあると言えるだろう。 |
入門するに当たって必要な書類と所持品
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1. | 住民票(本人を含む家族全員のもの)一通。履歴書(写真付)一通。 以上の各々は、入門審査日に持参のこと。 |
2. | 内弟子入門審査書。(願書の様式) ※内弟子を志望する人は上記の「内弟子入門審査書」をプリンターで印刷して、本書を総本部尚道館まで「速達郵便」で郵送して下さい。後日、入門審査日を連絡します。また入門審査の予約希望日があれば、前もって記入の事。出来るだけ希望日に合わせるように配慮します。 |
3. | 身許保証人一名。(身許を保証する保証人で、連体保証人ではないので注意) 以上は、入門審査日に持参の事。 |
4. | 未成年の場合、保護者の承諾書並びに父母面談。 ※保証人の身分を示す種類の写し。(住民票・本人を示す運転免許証あるいは健康保険証)未成年者は入門審査日に父母の孰れかを同伴のこと。来館が不可能な場合は、委任状を持参すること。 |
5. | 持参するものは、刺子の柔道衣か合気道衣を三着。(空手衣は破れやすいために不可)作業衣として、運動用ジャージと作務衣を各々三着くらい。茶羽織一着。雪駄・下駄それぞれ二足くらい。地下足袋二足。その他、木刀二振り、杖(五尺)二本。 洗面用具、衣類ならびに自身の最低限度の携帯品。並びに蒲団などの寝具。(詳細は前ページ参照のこと) |
6. | 講義や指導事項を受講するにあたって、ノート形パソコンを持参の事。金銭出納帳や基礎経理、バランスシートの見方や経営学、效果のあるホームページの作り方なども指導する。 つまり、起状の学問を遣るのではなく、実戦に則した実学や、刑事民事訴訟法(日本はアメリカ並に訴訟国家になりつつある)等を研究し、それを実学として指導するのである。幾ら最強の格闘家と云われても、訴えられ、敗訴すれば、それで人生はそこで終り。 25年程前になるが、某大学の合気道部は、未経験の新入部員を「四方投げ」で投げ、この新入部員は頭から顛倒(てんとう)し、怯懦の為、以後、植物人間となり、現在も寝たままだと言う。この新入部員の父母に対し、裁判所は加害者である大学側に「損害賠償として1億円を支払え」という判決を下した。最高裁まで争ったが、結局、「前途ある少年を廃人にしたのであるから」と言う理由で、最高裁すらも被害者の父母に対し、「大学側は1億円を支払え」という判決は、最後まで変わらなかった。 【註】昨今は、親の過保護と、牛乳等の動蛋白の摂取過剰で、青少年の骨は非常に弱くなっている。 よく見かける事であるが、各武道の道場の入門願書等を見てみると、誓約事項の箇所に、「骨折やその他の怪我は、自己責任であり、道場に対しては一切の責任を求めません」等という一節を入れて、これに署名捺印させているようであるが、こうした誓約は、法的には何の効力もないので、父母側が訴訟を起こせば、簡単に完全敗訴してしまうのである。 しかし、法律に疎い武道指導者は、この一筆で、何が起こっても大丈夫と思っている節が少なくなく、これは非常に愚かな判断である。こんなものは、裁判になれば、全く効力等ないのである。 しかし、こうした実学を教えてくれる武術指導者は、日本では余りにも少ない。起こりうる確率を計算して、その過去の貴重な「教訓」から指導してくれるのは、恐らく、日本広といえども、尚道館・陵武学舎ぐらいであろう。 |
その他、詳細については直接 メールか、電話093(962)7710で 総本部・尚道館まで問い合わせ下さい。 【註】提出書類は、入門不許可の場合も一切返却しないので注意の事。また、礼儀として、「尚道館の内弟子制度」の箇所は、繰り返して、三回以上読むようにお願いしたい。 更に内弟子入門後も、定期的に更新するので、繰り返し、暗唱できるくらいまでに徹底的に読むことが好ましい。 そして願わくば、今後の、後学の参考にし、自分の世界観や、物の見方を広げて行って欲しいと希望する次第である。此処は、儀法のみを教えるのではなく、「人生を教える」のだ。 ●合格後の手続き 入門審査に合格した者は、入門に当り、速やかに手続きを終了しなければならない。 その際は、入門金50万円と、第一ヵ月分の10万円の月謝を、入門審査合格の一週間以内に、銀行振込か手渡しで納入しなければならない。 期限の日時迄に入金がなかった場合は、入門する意志がないと看做し、合格は取り消される。 但し、何等かの事情があり、期限迄に入金は不可能な場合は、その事情を速やかに説明し、「延納願」を提出する。 また、入金終了後は、内弟子としての入門を認めるが、入館期日迄に出頭しなかったり、その後、気が変わって辞退した場合も含め、一旦入金した金額は、如何なる理由があっても返金しないのでご注意願いたい。 毎月の月謝は、礼儀として月初5日迄に、銀行振込か、手渡しで直接尚道館の方に納金する。 経済的な事情があり、「特待生」を希望する者は、減額後の料金を、同じく月初5日迄に、銀行振込か、手渡しで直接尚道館の方に納金する。 但し、特待生に限り、この期間の減額された計算を行い、無事卒業出来、道場開業に成功して、収入を得るようになった場合、内弟子期間の減額された料金は、月割り計算して尚道館に納めるものとする。 「世話になった」「恩を受けた」と、口先だけで唱えるのは「人間のクズ」であり、真当(ほんとう)の武人たらんとすれば、この世話になった時期、恩を受けた時期の減額の総計算をして、それを忘れず、成功の暁(あかつき)には、これを総て返済すると言う心構えがあってこそ、誠の武士道の実践者で、この時期の世話になり、恩を受けた事に本当に感謝するならば、当然、金銭で返す事のできるものは返すべきである。 もし、こうした事を怠ったり、「世話になった」「恩を受けた」と、口先だけで唱えるならば、その人間の人格と品格はそれ止まりの、低いものであり、この程度の考えしか持たない人間の処には、人が集まるわけがなく、また例え集まったとしても、そこに集まった人間は、道場主と同じ、その程度の中身の人間なのである。 経済的困窮から、特待生を希望する者は、特にこの事を肝に銘じて頂きたい。 「何だ、あいつはその程度の人間か……」と思われる恥辱(ちじょく)に対し、特に敏感であって欲しいと願う次第である。 ●入門開始日 入門については、入門審査の合格者に限り、随時受け付けているが、入門開始日時は奇数月(【註】1月・3月・5月・7月・9月・11月のみ、偶数月は受付けない)の第一日目が入門第一日で、その時間帯は午前5時30分(【註】但し、9月23日の「秋分の日」を境に、翌年の3月21日の「春分の日」までは冬場は「冬期稽古」あつかいで、起床時間は午前6時からとなる)からとなる。 審査に合格し、入門を許された者は、奇数月の最終日の午後六時までに入館し、夏場は早朝5時30分に入門許可式が行われ、冬場は午前6時に入門許可式が行われる。 これは《八門遁甲》の「軍立」(いくだて)に基づいて、「卦」を立て、天地間の変化を表し吉凶の判断をする算木(さんぎ)の儀式を形象した秘伝に則(のっと)っている為である。 「軍立」は戦場に出発する事と同じであり、軍門出(いくさ‐かどで)ともいわれるが、軍神の守護を願うのであって、武運は軍神によって守護される。 八門遁甲では、経津主(ふつぬし)と武甕槌(たけみかずち)の二神に成就を祈願し、または八幡神なども武運守護神になるが、兵家では、北斗七星、また、摩利支天(まりし‐てん)・勝軍地蔵(しょうぐん‐じぞう)・不動明王などを祭る事から考えて、軍立は重要な儀式であり、これにちなみ尚道館では厳粛に早朝「入門許可式」が行われるのである。 |