内弟子制度 13
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●創意と工夫で現代社会を生き抜く法 近代資本主義は、無制限な消費欲求を実現するシステムである。 拡散する消費欲求を放置する事は非常に危険な事である。地球環境の破壊も、実はこの無制限な消費欲求から起った。 そして現代人が認識すべき事は、アメリカを総帥とした資本主義と云う社会構造は、一方で、自由・平等・博愛など工作事項を掲げ、これを巧妙に偽装して、庶民の目を欺(あざむ)き、この社会システム下において、附随物として「人権」と「議会制」を挙げつつ、民主主義と蜜月(ハネムーン)の中を保ち、無制限な消費欲求を創造して生きていくと云うシステムが「近代資本主義」という定義を、心に深く認識する事である。 では、近代資本主義が何故、無制限な消費欲求を消費するのか。 それは唯一つである。 利潤を獲得する為である。利潤とは、企業の総収益から生産費を控除した余剰で、企業家の所得となるものである。更に、生産過程で生み出される剰余価値の転化した形態が利益と云われる利潤であり、この利潤追求により、企業家の富が生まれると言うシステムである。 そして資本主義の競争原理下では、利潤を獲得する為には、労働力を提供する労働者は、どのような事もしなければならないし、実際に「利潤を追求する」ことにおいてのみ、現代人は生きていると言える。 かつての人類が知っている資本主義は、利潤を追求し、それを獲得する為には、労働時間を延長し、労働者をボロ雑巾のように使い捨てて来ただけでなく、そのボロ雑巾から搾(しぼ)り取れるだけの賃金を絞り上げて来た。その結果、一方でプロレタリア独裁のマルキシズムが世界中を駆け抜けた。 労働者は生産の中でも、生産の外でも、より巧妙に資本家によって搾取(さくしゅ)され続けた。しかし、より巧妙な搾取の方が、労働者にとっては幸運な場合もあり得る。「経営」という、凡人には煩(わずら)わしい企画力や思考力が必要でないからだ。 そして資本主義は民主主義と結合した。 民主主義とは政治制度であるが、人間に生きるスタイルを根幹とした社会システムであり、この主義の売り物は「基本的人権」という定義を第一義にしている事である。そしてこの定義を解すれば、基本的人権とは、「個人の生命と財産の不可侵」である。 侵してはならぬ事は、国家が、社会組織が、社会の諸団体が、あるいは諸個人が、民主の主体である「個人」に対し、生命と財産は、侵してはならないという事である。しかし、他は何をしても良いという事である。そして、これに更に付け加える事項があるならば、デモクラシーとは紛(まぎ)れもない「エゴイズム」のことである。 エゴイズムを原理とした社会システムが、「民主主義」と云う事だ。 したがって民主主義は、利潤獲得の為には、どのようなこともする資本主義の衝動力を利用しつつ、これを自由に発動させて、この条件下において、民主主義と資本主義は固く結びついているのである。しかしこれが社会主義となるとどうなるか。 エゴイズムを原理とする民主主義は、共同性を原理とする社会主義に対しては、最後まで平行線であり、所詮、水と油に分離する物質でしかない。個人の生命と財産が、共同体の生命と財産の為に供養させられると言う社会システムは、どんなに民主的な政治が行われたとしても、それは外皮的な表層事の政策でしかない。 したがって社会主義国家が、どんなに旨く偽装して「民主主義共和国」などを国名に標榜したところで、個人が第一義であるデモクラシーの原理下においては、フィクションでしかないのだ。 また一方、個人の富が一方的に、あるひと握りのエリートに集中し、エリート個人の自由が許されるという社会も、それがどんなに素晴らしく、美しい、アメリカン・ドリームのような名目に基づいていても、これほど怖い社会はないのである。 金にモノを言わせて買い漁(あさ)る傲慢は、この民主主義下の、資本主義がよく結合した事から起った問題点ではないか。そしてこの背後には、ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(Max Weber/リッケルトらの影響を受け、経済行為や宗教現象の社会学的理論の分野を開拓、「理念型論」を提唱。1864〜1920)が指摘した通り、プロテスタンティズムの倫理が働いている。つまり資本主義はプロテスタンティズムの倫理をもって経済行為と宗教現象を緊密にさせ、「勤勉」を原動力にしたのである。 また民主主義のとって、大多数の個人を取りまとめる事で、これが都合がいいのは、デモクラシー下の、個人主義を原理とする多数決である。これを「大多数主義」と云い、民主主義の別名である。多勢が可決すれば、それがどんなに間違った事でも、一度議会で採否されたならば多数者の意見としてこれを決定するという方式が「議会制民主主義」と云われるものである。 一方、マルクスの共同性の原理が、どんなに美しい美辞麗句で飾られていても、その実現は不可能であり、結果的に悲惨になったのは歴史が証明している。マルクスは、自分でも出来なかった事を、やろうとはしなかったが、それを人類に、他人に、実験的にやらせ、要求すると言う蛮行を働いた。そしてこの蛮行は、「革命」と言う名の暴力によって、反対勢力の粛清(しゅくせい)を図った。人類にとって、これほど残酷な事はなかった。 さて、昨今は民主主義下にありながら、世を挙げてエゴイズムを批判する。しかしこの批判原理とて、エゴイズムの変型である。 学歴社会を批判する。しかし、学歴社会(【註】正しくは大卒者を指すのではなく、大学院修了のマスターやドクターの学位を持つ者を指す)は受験体勢に基づく、自由競争の原理に基づくものである。そして、受験競争に勝利した東大閥が優遇されて、なぜ悪いのかと、一方で批判が起る。 これは、競争の結果、出来うる限りの平等があったという原理が働いているから、一方で優遇されるのは当たり前と云い、他方で悪いという敗者のエゴイズムが炸裂する。しかし、学歴・学閥重視の社会では、競争の結果から、勝者が敗者の上に立ち、ヒエラルキーのバランスはこれで拮抗(きっこう)を保つ。 民主主義は、競争の結果を重視する政治理念でありシステムである。この為に、この社会では何処もかしこも、競争原理が働く。スポーツ武道や格闘技が、試合して勝者と敗者を定めるのは、民主主義の自由競争と、競争原理が働いているからだ。 そして試合と云う競争を行った結果、観戦者の多数によって認められた勝利を、何処までも尊重するのである。 また、このシステムには、競争によって得られた多数支配を脅かすような事がないように配慮されているところがあり、勝者は英雄としてその頂点に立つ事が許されるのである。したがって試合熱は益々過熱気味になる。 しかし、これにも盲点がある。 資本主義が、無制限な利潤欲求を追求するが如く、試合や競技に働く競争原理は、際限なく競争すると言う進行状態にある為、ある時点を超えると、勝つ為の競争自体が意味を為(な)さない「臨界点」に達する。つまり、過熱競争が猛威を振るうようになり、「勝つ為には手段を選ばぬ」という隠された作為が生まれるからである。 これは民主主義下に資本主義と結合した競争原理下で、過熱競争が繰り返され、食品産業の企てる飽食のシステム、また、その他の産業が企てる無駄の垂れ流しのシステムなど、一々挙げれば切りがなく、こうした消費の為の消費が、環境を資源を破壊し、庶民を搾取し、人類を滅亡に組み込んだシステムであると云う事が分かるであろう。何と云う愚行だろうか。 資本主義の行き着く先は「自死」であり、民主主義は競争原理下の、拡散と暴走である。しかしこれをコントロールするシステムは、まだ見い出されていない。 また、社会主義も、それを進化させたと豪語する共産主義も、これをコントロールする抑止力にはならない。 私たちは、こうした過熱する競争原理の輪廻(りんね)の輪から、脱出を試みなければならない。堂々回りの愚は避けなければならない。だから、倹約と節約が必要になり、生きて行く為の創意と工夫が必要になる。そして「消費の為の消費」の輪廻の輪から一日も早く抜け出し、自立しなければならないのである。 ●礼の中に創意と工夫を見る 礼と云う、人間の守るべき社会の秩序や、それ保つ為の生活規範が失われれば、世の中は暴走して、過剰競争に拍車が掛かる。儀式・作法・制度・文物などの道徳観念が失われば、無規範(anomie/共通の価値・道徳が失われ、混乱が支配的になる社会状態)となる。優れた者に敬意を表したり、父母に「孝」の気持ちを忘れれば、戦国時代に逆戻りし、下剋上が起る。 また、武道界や格闘技界の於ても、競技や試合の過熱競争に走れば、これまでの古人の智慧(ちえ)の集積は蔑ろにされ、弱肉強食の十六世紀の「乱世の兵法」に逆戻りする。総べて「礼」がないためだ。 近代民主主義が自死に向かって臨界点に達し、民主主義がエゴイズムをむき出しに暴走する現代、個人主義を謳歌する為に、様々な規制や法律が強化されている。これは資本主義と民主主義が「規則による統制」なしでは、正しく集団の秩序を保てないと言う現実を物語ったものである。 したがって規則と云う手段が必要になり、法律の許(もと)で集団の秩序を規制すると言うものである。 しかし、規律を設け、規則を設けなくても、あるいは法統制下の規制を用いなくても、集団の秩序の維持を図る手段は他にもある。 『建武式目(けんむ‐しきもく)』には次のようにある。 「理国之要 無過好礼。君可有君礼。臣可有臣礼。凡上下各守分際。言行可専礼儀乎」と。 つまり、国を治めると言う理国(理想国家の意)の手段としては、「礼」によってこれを為(な)すのが最も最上の方法であると説いているのである。 『建武式目』は、建武三年(1336)足利尊氏が幕政の参考の為に諮問(しもん/識者の意見を求めること)し、これに中原是円や同真恵らが答申する形式をとった法令で、その第一義は「礼を重んずる」ことであった。これには幕府の所在地に関する第一項目と、政道第十七条とから成っている。そして「礼節を専(もっぱ)らにすべき事」とある。 これには、礼によって自主性を保ち、師長や先輩、同僚や後進と望ましい間柄を確立し、人生を一つの修練の場と考え、ここで人間形成を行い、修行を目的として、これを追求するという人間の有るべき理想が掲げられている。 私たちは日常生活の中で、目上の人間に対してはともかく、目下の相手に対しては、とかく礼を忘れがちである。強者には諂(へつら)うが、弱者には傲慢(ごうまん)になる。人の油断とは、こういう時に起る。寝首を掻(か)かれるのも、こうした時に起る。 これが一国の政治となると、個人は権力の抑圧され、法体制下の中で、無体さ差別をされるのはいつの世も同じである。古代中国では徳治主義を有効な政治手段として、これを社会システムに応用したが、韓非子(かんぴし)の法化主義は性悪説に立っている為、万人を法によって幸福には導けなかった。理由は秩序維持を「法」に定め、「礼」を軽く見た為である。 この意味からすれば、現代の我が国の法治主義も同様であろう。 では、「礼」によって、何を実践するのか。 これは武門の礼法に見る事が出来る。武門の礼法の特徴は、一般的には堅苦しいと誤解されがちだが、そして『書経説命中』にある通り、礼儀もあまりやかましく繁雑にすると、かえって守られなくなる等と、揶揄(やゆ)されるものでもない。 武門の礼法は、世俗のそれと異なり、実に単純明解である。その態度の基本は、第一が「目立たない」ことであり、第二が「控え目」、第三が「途切れのない自然さ」、第四が「機転」の早さ、第五が「配慮」というものである。 この五つの態度の中で最も重要なのは、第五番目に挙げられる「配慮」というもので、他人への思いやりと、それに絡む「人情の機微」である。これは「思いやり」という言葉で統合されている。 ●敵を作らぬ用心と隙のない起居振る舞い 人間の行動律には、「坐る」「立つ」「歩く」また、「食事」「排便・排尿」「入浴」「就寝」などの日常生活の中での行動がある。しかしこの行動律の中で、体勢や姿勢の崩れ、または不用意な行動、あるいは何事かに気をとられたり、注意散漫になったりの、隙(すき)は、やがて自分の未来もを失う要因になり易い。 武道愛好者は「敵を作るな」と安易に言い捨てる。しかし「敵を作らぬ」とは、反体制勢力に罵詈雑言(ばり‐ぞうごん)を投げ付けたり、恨みを買われるような言動や行動を、単に慎む事だけではない。礼儀を糺(ただ)す事にある。礼儀を糺すとは、心を糺す事だ。 礼儀を糺せば、崩れ易い体勢も緊張によって立ち直る事が出来、また不用意な隙も作らなくて済む。隙を作らず、緊張状態を日常生活に作り出す事は、同時に非日常の中にも張り詰めた心を準備する事になり、同時にこれが武術の心得ともなる。つまり「心得」とは、弁(わきま)えておく事柄であり、事情を即座に理解して処置することであり、「はからい」である。 武門の礼儀作法で一貫していなければならぬ事は、「坐る」「立つ」という動作の中で、その行動律は一連の動作の中で、常に重心軸は正中線が重力方向のジオイド(geoid/地球重力の方向に垂直で、かつ平均海水面とほぼ一致する曲面)方向に向かい、安定を保っていなければならないという事である。したがって武術では、前後左右ならびに上下の立体空間において、どの位置からの攻撃に対しても、備えが出来ているという事を要求される。 まず「坐る」動作の中では、この姿勢から瞬時に体の転身が出来、瞬時に跳躍(ちょうやく)し、更には抜刀可能と云う状態を作り出していなければならない。この状態を作り出す為には、まず、肩の力を抜き、上半身が前屈(まえかが)みでない起きた状態でなければならず、頸筋(くびすじ)から肩の線は非常に「なだらか」であることが大事である。 我が西郷派大東流合気武術・尚道館では、この「なだらかな線」を養成する為に、手頸の線に流れるような「水走り」の体勢造りを指導し、停滞しない「流れる動」の養成を内弟子に義務付けている。 一般に武術修行と云えば、単に厳しい、酷な、荒々しいハード・トレーニングを想像するようであるが、ハード練習は青少年期の体力充分の時に相応しいトレーニングであり、三十歳過ぎて体力が下り坂に差し掛かると、筋力トレーニングは、むしろ「百害あって一利なし」だ。 筋力とスピードの養成より、起居振る舞いから起る「動き」と「流れ」を養成するべきで、停滞しない、流れる動が大事である。武門では「自然な動きをよしとする」のである。自然な動きこそ、合理性を重んずる動きであり、この動きの中に「合気」が存在している。そして停滞点を作らないと言う事が、武術的に見ても「隙のない動作」に繋(つな)がるものであり、手足と言うものは躰とバラバラに動くものではなく、一体であるべきなのである。 スピードに頼った場合、手足の動きは、心臓やその他の内臓器官とバラバラになる。また手は手、足は足となってしまう。 つまり、起動点のエンジンが手と足の上下に分かれ、更に左右に分かれ、四つのエンジンが必要になってしまうのである。エンジンを四つにした動きに、空手をはじめとして中国南派拳法やクックボクシングなどが挙げられ、空手は四つのエンジンからなっている。それは空手が極めて直線的な動きをする事に由来している。 武術は本来円運動から展開し、続いて球体運動や球体の螺旋(らせん)円周を弧とした螺旋運動へと展開される。それは、円は、必ず最後には元の位置に戻るからだ。 ある物体がアクションを起こす場合、動力源と云われるエンジンに相当するものが必要になる。人間で云えば、生きる為の脳であり、まな脳に血液を送り続ける心臓部分に、このエンジンが相当する。同時にアクションと云われる行動が必要になるから、これを起動させる為にはエンジンとなる脚のバネや、それを援助する腕の動きが必要となる。 空手で云う、「突き」や「蹴り」は、左右の手足の四のエンジンからなる。空手は力を用いる為、手足で各々使う力は、別々のエンジンから起動している。 ところが合気武術はこれらのエンジンが一体型であり、一挙手一投足が「流れ」と「動き」による儀法(ぎほう)からなる。筋力やスピードの外筋に頼るものと、内在する力に頼る内筋に頼るものとは、おのずとその起動のさせ方が異なり、外形で表現する直線的な動作と、内在で異で外には現れぬ円の動きとは、かくも異なるのである。 つまり我が流で云う「動き」と「流れ」とは、一つのエンジンからなる一挙手一投足の事であり、これが一体型として動く、「養力」を錬(ね)るのである ●内弟子としての稽古事と、物事の学び方の態度 昨今は「武術」や「武道」を標榜(ひょうぼう)していても、その接し方は、極めてスポーツ的であり、例えばスポーツ愛好会のように、自分の都合のよい時間に参加し、自分本意のプランで学び、これまで古人が研鑽(けんさん)して来た「修行」という意識は薄れてきているようである。 学びの目的意識は、かつてに比べて低いものになり、「趣味」の範囲を出る事なく、愛好者の立場で学ぶ者が多くなった。したがって趣味や愛好者の範囲を一歩も出るものではなく、その範囲内において、ゲームを楽しむといったスポーツ感覚のものが流行している。 しかし武術で云う「真正」とは、こうした趣味や愛好者の次元を遥かに超越した、「修行」という次元が伴わない限り、成就する事は出来ず、興味から導かれる趣味や愛好者の立場ではどうにもならない事がある。それは「修行」の持つ、厳しさとの背中合わせの世界であるからだ。 「修行」ならびに「精進」の世界は、スポーツ武道や芸能のそれとは異なる。したがって、そこには「作法」が存在するが、作法が厳格であればある程、その修行は真物(ほんもの)に近付く事が出来る。 修行の世界では、まず、師匠が後進の弟子を選択する場合、目的意識がはっきりしている者を選ぶ。また一方、弟子も師匠を選ぶ場合、目的意識とその掲げる大旆(たいはい/旗印とする理想)によって選ぶであろうが、師匠自身が8時間労働以上のサラリーマンなどの職業を持ち、その片手間に指導をすると言う時間制のものでは、後進の目的意識も希薄になる。修行は24時間、常在戦場で、緊張の連続で、ようやく精進できるものであり、成就できるものである。 したがって内弟子は、四六時中、師匠と共にあり、寝食を共にしてこそ、厳しい、緊張した修行が可能になるのであって、双方が都合のいい時間をやり繰(く)りして、これを趣味や愛好者のレベルで留めていては、結局進歩がない。 また、道としての命脈も断たれるであろう。 趣味や愛好の立場で物事を学ぶと、その態度も歴然と違いが生じ、物事の考え方も、目的意識が希薄になり、根底に掲げていなければならない大旆すら身窄(みすぼ)らしいものになるだろう。外見のみならず、その裡側(うちがわ)まで身窄らしくなって、ついには理想から遠く離れ、掲げる大旆は貧弱になる。 こういう愚を犯さない為には、厳格な目で師を選ぶと云う態度を貫くと同時に、己の裡(うち)には、「切実」かつ「純真」な心構えが必要であろう。そして「内弟子」とは、趣味や愛好の領域を逸脱して、真剣に「修行」と「精進」を模索する一種のスペシャリストでなければならない。 また、ここが趣味と愛好のレベルで、武道などに取り組む人種と、一味違う厳しさを持っていなければならないのである。 そしてその厳しさは、「起居振る舞い」に顕われる。
これを考えてみただけでも、「畳の縁を絶対に踏んではならない」という古人の教えは的(まと)を得ている。古人は柔術を稽古する時、本来、和室にはない畳の縁を外した「藺草畳(いぐさ‐だたみ)」を用いた。これは以上のような理由によるものである。 |