特に動物性蛋白食品は、牛、豚、馬、羊、山羊、鯨……鳥・鶏、卵……大型高級魚の鮪、鯛、鮃、鰤……その他の魚介類の順に並び、哺乳動物に近いほど、人間の性(もって生れた性質や宿命)に近く、性が近いということは屠殺される場合、彼等は自分達を殺す人間に対して、恨みと怨念を残して殺されていきます。
あなたは牛や豚が、屠殺場に曳かれていく悲しい姿を見たことがあるでしょうか?!
彼等は人間以上に第六感(勘あるいは直感)が発達しているために、即座に、殺されることを悟ります。屠殺直前に、頭部に拳銃を向けられた時、大粒の涙を流します。こうした哺乳動物の命を奪われる瞬間の、絶叫の悲劇を忘れてはなりません。
そしてこの悲劇は、食した者に、即、不幸の影を投げかけます。
動物性蛋白食品を摂取するとは、実はこうした悲劇的な犠牲の上に成り立ち、私達人間は彼等から「命を奪っている」ということになります。
古来より、洋の東西を問わず、ある国は祈りを捧げ、日本では食事をする前に両手を合わせて「頂きます」というのは、彼等から命を頂くから「頂きます」という言葉を、感謝の念とともに、食前に祈りを捧げるのです。
しかしこうした風習も今は廃れ、何の感謝もなく、命を貪っています。こうした無礼極まる日常生活において、運気は益々衰退していきます。殺された哺乳動物である彼等の怨念と唸波(ねんぱ)は、死後も決して消える事がないからです。
哺乳動物の怨念と唸波は、人間の性と非常に近いために、感性的には人間と同じ恨みを抱きます。この恨みは、人間の不幸現象に跳ね返って、必ず現世に具現されます。
難病・奇病、争い事、不倫、家庭不和、交通事故、傷害や殺人事件などの不幸現象は、少なからず彼等の恨みが、そうさせていると言えます。これが「肉(じし)喰った報い」です。 |
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