会員の声と相談者の質問回答集9




統合失調症で死んだ義父の霊への接し方 44歳 無料相談室宛 主婦

 一年前、主人の父が統合失調症で亡くなりました。
 主人の父は県庁に勤める平凡な地方公務員でしたが、60歳で定年退職し、多少の貯えがあったので、定年後再就職するような事はなく、義母と共に悠々自適の生活を楽しんでいました。

 ところが、定年後、一年くらい経って、沈み込むような鬱状態になり、今年亡くなるまで3度の再発し、入退院を繰り返しました。

 初夏から晩秋までの期間は正常な状態と殆ど変わりなく、初冬から再び段々と悪くなり、翌年の三月下旬からは症状が更に重くなり、四月から五月にかけては、木の芽の出始めとともに、それに合わせたかのように、悪化して、今度は躁状態に入り、激しい言動や徘徊する行動が主になって、私たち家族を悩ませていました。
 そして、3回目の退院の時には、薬が効かないという理由で、半ば強制的に家に返され、自宅療養という形をとらされたのです。
 自宅では、精神錯乱と不眠の中、家で半年ほどを過ごしましたが、今年の1月の早朝、養父は心不全に陥り、その後、病院で息を引き取りました。私は身内の一人として、死亡診断書に、「統合失調症による心不全」等と書かれずに、ただの「心不全」と書かれたのが、せめてもの慰めでした。

 主人も養父と同じ県庁に勤める公務員をしていますが、課長職をしている為、一般の職員より朝早く出勤して、夜遅く帰って来ると云う勤務状態にあった為、養父の世話は、ほとんど私一人に任されていました。

 今でも思い返される事は、精神分裂病の病状の恐ろしさが未だ恐怖として残っていて、養父の死後、その遺骨に対して、恐怖感が抜けません。
 また、葬儀の際の、死んだ養父の、死に顔と言うか、それに現われた、ねじれた狂人の死相と言うか、こうした恐怖が消える事がなく、私自身が、養父との過去を思い出す度に恐怖を感じ、葬儀の時の事を思い出す度に、自分でも、おかしくなってしまうのではないかと考えたりします。

 私は今から二十年程前、遠縁の人の勧めで見合いで結婚し、現在、主人との間には大学に通う娘と、高校に通う息子に恵まれましたが、これまで結婚して以来、養父母と二世帯同居で暮らして来て、姑との仲は、可もなく不可もなくと言う状態で、平凡に暮らしていたのです。ところが義父の精神分裂病発病以来、生活設計が狂ってしまいました。
 養父が躁状態の時には、理由のない暴力を奮われたことが度々あり、辛い日々でした。この事を主人に訴えましたが、具体的な解決法もなく、最後は離婚することまで考えたのですが、子どものことを考えると離婚することも出来ず、何とか耐え忍んできました。

 《癒しの杜の会》のHPを繰り返し読ませて頂きました。精神分裂病は先祖に非業死を遂げた人物がいて、その影響があると理解しているのですが、これから、お墓に入った養父の霊と、どのように向かい合ったら良いのか、こうした心構えについてもお教え願いたいのです。そして恐怖心ばかりが先走りして、その上、何となく養父の霊が怖くて、気持ちが悪くて、墓前に手を合わせ、とても拝むという気持ちにはなれないのです。
 精神分裂病で死んだ霊に対して、どう向かい合っていけば良いのか、ご助言を頂けたらと思っております。何卒お願い申し上げます。



回 答

 あなたは精神病で死んだ人間の霊に対して、何か偏見をもっているように思われる。それも大変間違った偏見であると思われる。

 人間の死は様々で、特に現代人は昔と異なり、病院で生まれ、病院で死んで行くと言う「病院人生」を繰り返しているように思える。
 また現代人は、潮の満ち引きで息を引きとるというような、自然死の死に方が、殆ど皆無と言う状態になり始めた。

 現象人間界の過去を振り返れば、月は、潮汐(ちょうせき)を通して、古来より人間の生死に関わって来た。
 潮汐の意味は、「潮」を「あさしお」、「汐」を「ゆうしお」という事からである。則(すなわ)ち、海水の満ち引きは、月および太陽の引力によって起る海面の周期的昇降、則ち、「しおの干満」を言うのである。そしてこの干満は、人間の死に関わっている可能性が非常に大きいと考えられる。

 古来より、「潮が引くとき、人が死ぬ」と謂(い)い伝えられて来た。
 しかしこの真偽を確かめた科学者は医学者は殆どいない。何故ならば、現代人の特長としてその多くが、「病院で生まれ、病院で死ぬ」という人生経験しか知らないからである。
 これは別の角度から見れば、現代という時代を生きる人間にとって、人間の死の多くは、「自然死」とは程遠い、「一等も、二等も退化した死に方をしている」と言うのが、現代人の偽わざる姿であるという事だ。

 単刀直入に云えば、現代人は古代人より退化した、生と死を繰り返していると言う事が言えるのである。
 更に厳しくこの現実を見据えれば、現代人の多くに、その死が、殆ど自然死ではなく、事故死であり、その殆どは「横死」に近い死に方といえるのではないかという事である。

 自然死は、普通、一日二回の潮の干満に合わせて死んで行く人の死であり、月と太陽の働きと無縁ではない。特に月は、死と不死を司る神として観念され、満潮から次の満潮までに要する時間(周期)は約半日で、これに関わっているのは、紛れもなく月である。したがって古人は、「人間は潮が引くとき、死ぬのだ」と云う概念を発見した。

 一日の干満の差(潮差)は、月齢によってほぼ半月周期で変化し、朔望(さくぼう)の頃最大(大潮)、上下弦の頃最小(小潮)とで潮差が起り、月のサイクルと人の生死が順応しているのである。
 この事実から考えれば、私たち現代人は、太古の人類や、「人の死」と「潮汐」を関連づけて来た古代人より、大きく退化した人類(人類擬きの亜人類かも知れない)であるという事が言えよう。

 さて、本題に迫って行く事にしよう。
 人の死は大きく分けて二つある。一つは自然死であり、既に述べた、潮汐によって死んで行く人の死である。そしてもう一つは、事故死と云われるもので、現代人はこの死に方をする人が、おおよそ90%以上と言われている。つまり、「病院で生まれて、病院で死ぬ」と言う人生パターンである。
 そしてあなたの養父も、最後は「病院で息を引き取った」と言う、事故死者の一人である。

 だがしかし、あなたは大変な誤解をしている。
 心不全で死亡した者に、その前歴を上乗せして、「統合失調症による心不全」などと書く医者は居ないと思うが、あなたは、単なる心不全だけならば、養父に対して恐怖を抱かなかったのか。
 心不全であっても、自然死ではない以上、霊的には事故死として扱われるのだ。せめてもの慰めは、同じ事故死と言っても、交通事故や建設現場事故で、無惨にぐちゃぐちゃになって死ぬよりも、断末魔の雄叫びは、ほんの少しだけ軽かったと言う程度であろう。

 さて、私が問題にしたいのは、あなたの養父が死亡した後の、死体の「死後処理」である。
 あなたは「精神分裂病で死んだ人間」に対し、「気持ちが悪い」とか「怖い」という大きな誤解と、愚かな恐怖を抱いているようであるが、こうした状態から推測すると、恐らく死体処置には「手抜きがあった」と思われる。
 御通夜(おつや)から、納棺までの作法は、恐らく葬式屋任せではなかったのであるまいか。

 しかし、あなた自身に「死後処理」に手抜きがあったのならば、それは現世での一つの汚点であり、未来に悪因縁を刻んだ事になる。
 日本人は、死者の霊を、古来より「ねんごろに弔った」歴史を持つ民族である。そこには正しい作法と、「礼儀」をもって、死者と接した足跡があり、これを果たせて、人間は、他の動物とは違う、より崇高な精神を有していると言えるのである。

 昔から、御通夜の事を「守尸(しゅし)」といった。「尸(し)」は、職責を果さない事の意味であるが、これに「守」がつけば、最後まで職務を果たすと言う語になり、死者を「ねんごろに弔(とむら)った」という、自らの職務が「守尸」なのだ。だからこそ、「御通夜」であり、死者を葬る前に、家族・縁者・知人などが遺体の側で、終夜守っている事を指すのである。これを「夜伽(よとぎ)」ともいう。死者を葬る前に、夜を徹して、死者と共に、夜、寝ずに付き添う事なのだ。
 こうした作法に則った、守尸を「喪祖(もそ)の儀式」という。

 喪祖の「喪」は喪主の事であり、「祖」とは「はだぬぎ」の意味である。
 「はだぬぎ」は「肌脱ぎ」の事であり、帯から上の衣服をぬいで、肌をあらわす事であり、「肉袒(にくたん)」とも呼ばれる。この肉袒は、古代中国での謝罪の法として、相手に鞭(むち)打たれる覚悟を示す為に行なった「肉袒負荊(ふけい)」がこの始まりと言うが、この肉袒は、「はだぬぎ」という儀式の中で、今日では葬儀の時のみに、形骸化して使われているようである。

 「はだぬぎ」には、「深衣(しんい)」という長い白衣を着て、髪を麻で縛り、深衣の左袖を袒(はだぬ)ぎ添え寝をする。左袖を通さないので、亡くなった親の事を「先祖」というのである。先祖には、「先に袒(はだぬ)いだ人」の意味を持っているのである。それが後に、「袒(たん)」の字が「祖」に変わったのである。

 しかしこうした古来より伝わった「喪祖(もそ)の儀式」を無視し、死者に対して、とんでもない間違いを強制する新興宗教の教祖や、職業祈祷師らの愚行は目に余るものがある。

 例えば、金集めで有名な某新興宗教教団(この教団は金持相手のハイクラスな教義で宗教を展開しているが、礼法や儀式の多くは間違いだらけ)では、その教祖の言に従って、愚かにも、右肩に袈裟を掛けさせて「偏袒右肩へんだんうけん/この教団では「右肩を露にする」という意味だそうだが)」と自称して、これこそが死者に対して、最高の礼儀であると教えているが、これは大きな間違いであり、右肩に袈裟をかけるのは、人を呪い殺す場合に用いられる呪法で、正しくは「偏袒左肩」こそが、「守尸の儀式」で行われねばならないのである。霊的世界の現実を知らない、無知から起る素人考えからの発想であろうが、死んだ者こそいい迷惑で、こうした葬儀をされれば、不成仏に導かれても仕方あるまい。したがって人間は、生きているうちに「死後の勉強」をするべきなのである。

 「守尸の儀式」は、日本だけに見られるものではなく、中国やインドにもあり、また古代ギリシアの詩人ホメロスが生きた、紀元前9世紀頃の小アジアにもこの儀式が見られ、古代ローマ人にも、これらの儀式の作法は見られた。

 さて、「守尸の儀式」が済むと、喪主は翌日に「襲斂(しゅうけん)の儀式」を行う。これこそが「死者をねんごろに弔った証(あかし)」であり、死者を決して軽視していないと言う喪主の真心まごころ/「まこと」)を示すものなのである。
 ちなみに「襲」とは、「かさねる」という意味であり、「斂」とは、「衣服を着替えさせる」という意味なのである。

 「守尸の儀式」に立ち会う遺族は、香木(こうぼく)を煎じ、その香水の中に手拭いを入れて絞り、死者を裸にしない状態で、身体中を拭き、死者の爪を反り、男ならば髯(ひげ)を剃り、頭髪は洗い束ねるのである。また、死者が女ならば、年齢に関係なく、死化粧を施して、口には鮮やかな朱の口紅を塗るのである。爪や脱け歯は巾着(きんちゃく)に入れて死者の腰に付け、地褥じしとね/畳または筵の上に敷いた綿入の敷物。方3尺余、表は唐綾もしくは固織物などに広さ4〜5寸の四方にさし回しで、裏は濃打絹などを用いたもの)を敷き、その上に遺体を載せ、寿衣じゅい/経帷子(きようかたびら)のことで、仏式で葬る時、死者に着せる着物。白麻などでつくり、真言・名号・題目などを書く)とよぶ、死者に晴れ着を着せ、衿(えり)を左前にして、襪しとうず/沓(くつ)または靴かのくつの下にはく一種の足袋。白の平絹で製し、親指の間を割らずに仕立て、紐で結ぶ)を履(は)かせ、最後に天衾てんきん/夜着よぎ)を遺体に被せる。

 次に、「充耳(じゅうじ)」といって、耳に新しい綿を詰め、「冒ぼう/帽子の意味をもつ)」という三角の布を頭に巻き付け、掩面(えんめん)を頸(くび)に巻き、幎目(べきもく)という黒い布で目を隠し、手には「握手あくしゅ/布製の手の甲を覆うもの)」とよぶ手甲を巻き、足には「行纏ぎょうてん/遠出などの折、脛に巻きつけるもので、布や藁わらで作り、上下に紐を付けて縛る)」とよぶ脚絆(きゃはん)を巻き、「雲鞋(ぎょうけい)」という草蛙(わらじ)を履かせる。

 こうして正装した遺体は「七星板」といわれる、北斗七星を彫刻したものか、筆で描いた五分板の上に寝かせる。
 以上述べた、正装までの死者への弔いを「襲斂(しゅうけん)の儀式」と言うのである。
 そしてこれが済むと、いよいよ「納棺」と言う事になる。

 納棺には、死者の血縁の男四人が、七星板ごと納棺する事になる。天衾と地褥を省略した時は、「雪綿子(せつめんし)」という、繭(まゆ)で作った綿入れを代用する。本来は、棺の隙間(すきま)には「蜃灰(かきばい)」といって、石灰を詰めて湿気を防止したが、昨今ではドライアイスで代用しているようである。また、「紙銭(しせん)」といって、白い紙で銭を作って入れたが、今では葬式屋が、あらかじめ用意した模造品の六道銭(りくどうせん)があるようだ。

 棺の中には、故人が生前好んでいた衣類や本などを納め、これを「贈」という。ちなみに、品物などの物を贈くったり、そのお返しをしたりする事を「贈答品」というが、この贈答の言語は、棺に收める「贈」から始まっている。
 棺の蓋(ふた)には金属の釘は用いず、木の釘を用いて打ち込み、棺を布で覆う事を「棺衣(かんい)」という。棺には必ず上下があり、上の方を頭にする。納棺の姿勢は、北向きに頭を置き、これは釈迦入滅の「頭北西向」に因(ちな)んだもので、北向きにするのが正しいが、部屋の都合などで北向きに出来ない場合は、「東向き」にする。この東向きは、イラン南西部のペルシャなどから伝わった風習だと言われている。
 また日本では、逆さ屏風(びょうぶ)の風習がある。

 本来喪主は一人ではなく、血縁者の最も濃い血の者が、男女二人で一対となって執(と)り行うもので、「告げ」という隣近所や知人宅に告げて廻る役目も男女一対なのである。
 以上を考えて来ると、臨終と言う作法は、死者を成仏させる為に執り行うもので、死後処置などを含めて、これ等の作法は古来より伝わった形式的作法ではなく、死者を寂光土じゃっこうど/常寂光土の事で、法身仏のいる浄土を指し、生滅変化を超えた永遠の浄土こと)に送り届ける為の作法であると言う事が分かる。此処(ここ)に送り届ける為には、質素であっても構わないが、作法の一切に手抜きがあってはならないと言う事が分かろう。問題は臨終の作法などに、手抜きがあったのか、否かと言う事だ。

 祭壇の豪華さや、花環(はなわ)の数を競ってきらびやかにしても、成仏や不成仏には一切関係ないが、臨終の作法や死後処理については過不足なく正確で、崩れや乱れがなく、整然としていなければならない。この一点のみが、死者の葬儀には問われるのである。

 儒教の祖・孔子は「喪は立派であるよりも、哀(かな)しめ」と言っている。
 「喪」とは、死亡した人を追悼する「礼」である。この礼が、不充分であったり、手抜きがあると「礼儀知らず」となるのだ。
 そして、「喪」で大事なことは、特に、人の死後、その親族が一定期間、世を避けて、家に籠(こも)り、身を慎むことである。「親戚(しんせき)」という語源も、喪に因(ちな)んだ言葉から始まり、「親(した)しく戚(かな)しみを分け合う」と言う故事から由来しているのだ。

 臨終と言うのは、葬儀と違って、「作法の形」が大事になるが、心の籠(こも)らない、上辺だけの、きらびやかな葬儀になってしまっては、死者に対して非礼にあたるのである。
 また、葬儀屋任せの豪華一点張りの過ぎたる葬儀も、死者に対しては無礼であろう。つまり、非礼とか、無礼と言うのは、親族の「心の籠り方の有無」で決定され、それによって死者は成仏するか、不成仏に終るかが決定されてしまうのである。

 こうして順を追って、臨終から死後処理の作法まで追おうと、親族の中に、精神分裂病で死んだ者は、「怖い」とか「気持ちが悪い」という唸(ねん)が派生すれば、その作法事態に手抜きがあった事になり、形式的な、葬儀屋任せの死後処理しか出来なかったと思われる。
 則ち、一個の不成仏霊がこれにより派生し、その唸が電離層に浮遊したと言う事になる。こうなれば、自他離別の悪想念が、また再び、生前以上の怕(こわ)さとなって増幅され、あなたや、あなたの周囲の者を襲うのは避けられないであろう。此処に精神異常者が出る暗示がある。

 そして、あなたの錯誤は、精神分裂病で死んだ人間を「気持ちが悪い」とか「怖い」というが、では、心臓病や脳塞栓、ガン疾患などで死んだ人なら、「気持ちが悪い」「怖い」という感情は起らないのか。

 《癒しの杜の会》では、死者の身内がこうした錯覚に囚われる事を、「臨終の過失(しくじり)」といい、死後の世界に対しての無知を戒めているが、無知から起った、結果の発生を予見できなかった事は、単に「注意を欠いていた」だけでは済まされないのだ。
 過失者の無知は、次の悪想念と悪因縁を背負ってしまった事になるのである。
 つまり、あなたは死後の世界、霊的世界を無視したばかりでなく、儀式に疎(うと)い「礼儀知らず」で、かつ「恥知らず」でもあったわけだ。この責めは、どういう形で現象界に表面化するかは知らないが、間違いなく責任をとらされるのは間違いなかろう。

 礼儀の「礼」は、「禮」という文字が用いられ、禮は「示」偏からなっている。この「示」は「神」の略である。また「禮」とは、「たくさんの作法」の意味を持っている。
 生命と言うのは、単なる物品ではない。生体及び命体には「信」があり、「心」があり、「気」があるのである。如何なる死者も、信・心・気をもって、この世を生き、死んだのである。
 したがって臨終とは、「尸(し)」の儀式からなる「礼儀を尽くす」ものだったのである。
 過去世(かこぜ)の「尸」、則ち、今世の「尸」と業(ごう)によって転生し、そしてまた「屍(しかばね)」となろうとする死者を、この「尸」が善神として、昇天して再びこの世に転生するか、あるいは未来永劫において、「屍」として、悪鬼として、意識体として電離層に浮遊するか、まさに正念場であり、これを「臨終正念(死に臨んで心乱れず往生を信じて疑わないこと。【註】しかし、親族に無知がいたり、不心得者がいると、死者は臨終を失敗する)」というのである。

 つまり、あなたの義父は「臨終をしくじった」のである。そして「精神分裂病で死んだ霊に対して、どう向き合えば良いのか」という事を訊いているが、その前に、あなたの義父は「臨終をしくじった」ことを重くとめるべきであろう。また、無知から脱する為に、もっと「霊的世界の構造」と、「礼儀をしる」ことを、もっと勉強するべきであろう。




欝状態で困っている (25歳 会員 会社員)

 水分の摂り過ぎか、欝状態に陥っています。お酒ですが、休みの日に日本酒を二合程度、あるいは350ml缶のビール3本くらい飲みます。
 僕の場合、確かにこれまで水物を多く取っていましたので、鬱でしたが、それより、さらに悪いことは、住居の構造(高速道路に面している)に問題があり、それで不眠の日が多く、それに耐え、仕事に行かなければならないために、体をもたせるがやっとで、今では水物を控えているという状態です。
 それに眠りが少ないため、一日、玄米ご飯2杯だけの食事で、陰体質で、痩せていっている状態です。体重が50kgしかありません。

 また心の想念が、ストレスや不規則な生活で大変に曇っており、体を動かして、ストレス解消と思って武道空手を習っておりましたが、体を動かせば余計に疲れるばかりで、今は体調が思わしくなく、仕事以外は何も出来ません。
 そして、最近は、はっきりとした実体はないのですが、不安や絶望が心の片隅に沸き起って来ているのです。
 こうした状態から、抜け出す方法はないでしょうか。



回 答

 体調すぐれず、精神活動が抑制され状態を欝状態と言い、これは鬱病に起因している。この症状は、抑鬱気分・悲哀・絶望感・不安・焦燥・苦悶感などを招くもので、現代の精神医学では原因不明とされている。
 しかし、あなたは確かに陰体質であり、陰体質の人が、単一の玄米食のと言う食事は考えものである。玄米がいくら栄養豊富で、身体に良いからと言って、100%玄米では、陰体質の人は消化不良になり、食物繊維のフィチン酸がカルシウムの吸収を妨げる為、どうしても疲れ易い身体になってしまう。

 問題は水分を控えると言うより、100%玄米に問題があり、これが疲労回復や老化防止を妨げていると思われる。したがって、玄米100%の御飯にするのではなく、あなたの場合は、玄米50%に、小豆や大豆、丸麦やハト麦、粟(あわ)や黍(きび)、稗(ひえ)や赤米などといった雑穀類を50%加え、「50:50の玄米・雑穀ご飯」にすることが大事である。
 食養道では、玄米以外を総称して「雑穀」とよぶのであるが、雑穀類には玄米以上に野性のエネルギーが含まれていて、特に粗蛋白やミネラルが豊富に含まれてるのである。その雑穀の中でも、ハト麦はガン予防に役立つ食品であり、丸麦は高血圧の予防になる。


陰性体質の人は、《癒しの杜の会》が定める「玄米」対「雑穀」の比率を60:40にするのではなく、50:50が良いと指導する。また、雑穀に「十穀(赤米、黒米、粟、黍、稗、麦、ハト麦、丸麦、小豆、大豆)」を加えたものもお薦めだ。

 陰体質の人は、玄米の量を減らし、60:40の比率にするのではなく、玄米50に対し、雑穀類を50にした方がよい。
 慢性病の自然治療食としては、必ず玄米50%に、雑穀50%として、毎食ごとに数種類、雑穀を変えて、組み合わせて食べるのもよいであろう。そして肝心な事は、単に玄米雑穀ご飯を食べるという事だけではなく、「粒食にして、50回以上、よく噛む」という事だ。唾液とよく混ぜ合わせる事だ。

 まず、あなたの場合、「食は真剣勝負である」という事を念頭に置いて頂きたい。健康な人なら、時には蕎麦(そば)を食べたり、玄米パンや黍餅(きびもち)を食べて、これ等を定期的に変えるのも良いであろうが、慢性病や、躁鬱病の鬱病相の形をとる症状にある時は、一食の食事も、決して疎(おろそ)かに出来ないのである。治療効果の高い自然食を目指すのならば、その主食になるものは、「玄米雑穀ご飯」であり、これは明日の命を繋(つな)ぐ為の必要不可欠な食品となる。

 慢性病の治療効果を狙って食する食事療法は、雑穀を粉にしたり、その粉からパンや麺を作るといった加工に頼るのではなく、最も自然な形で、「原形を食べる」という事に注意しなければならない。体質改善ならびに自然食療法で食事療法を心掛ける場合は、できるだけ加工を控え、原形のままで、よく噛んで食べるという事である。そして「主食に摂り方」に注意するという事だ。

 人間は病気に罹(かか)ると、食生活の誤りを糺(ただ)す事が先決問題であり、特に「主食の摂り方の原則」を守るという事である。そして主食の摂り方を糺し、より早く、病的世界から抜け出して、「健康的な生理の世界」へ復帰する事である。

 また、食には陰陽があり、「食の陰陽」を正しく理解する事である。
 人の体質のは「陰性体質」と「陽性体質」がある。多くの人の場合、このいずれかに偏り、いずれかのレベルで、慢性病を引き起こしている事だ。

 例えば、アルコール類を飲むと、血液の循環が良くなって、顔も赤らみ、躰(からだ)もカッカと熱を帯びて来る。だから酒類は、躰を暖めるものと思い込まれ、「陽性食品」と思われがちである。ところが実際には逆で、酒の本性は「躰を冷やし、体質を陰性化する」食品だったのである。したがって「陰性体質の人」が酒を飲むのは余り好ましくない。陰に偏り過ぎると、陰性は益々強くなり、ますます欝状態に入って行く事は免れない。
 こうして考えると、あなたの場合は、少量であっても飲酒が鬱病に拍車を掛け、体質を悪化させている事が分かる。

 もともと抗うつ剤というのは、自殺企図や心気妄想を抱くなどの症状を呈する病気を抑止する為に投与されるものであるが、この投与にも、アルコール類が入れば、薬の作用を強めてしまい、あるいは眠気を催して、精神状態が虚(うつ)ろになる。この「虚ろ」状態が、やがては薬に対して「耐性」を作り上げ、以降、薬が段々効かなくなると言う現象が現われるのである。
 本来は、不安や緊張を取り除く為に飲んだセロクエル25mg錠や、不安とり寝つきをよくするレンドルミン0.25mg錠、更には寝つきをよくするロビプノール錠などの抗うつ剤が、病理の肉体に耐性を持ち始め、症状を増幅させて効き難くするのである。

 したがって陰性の人は、欝状態になり易い体質を持っているのである。
 一般に、アルコール類は、「血行を良くし、皮膚表面の毛細血管を拡張し、体温を上昇させるのでは……」というような感想を持っている。しかしこれは全くの逆である。体温上昇は一時的なものであって、結果的には発汗を促し、躰を冷やしてしまう作用があるのである。躰を冷やすと言う事は、「組織を弛(ゆる)め、冷え易くして、精力を抑制し、消極的にになる」という方向へと向かわせ、更に憑衣され易い体質を作る。

 またアルコール類は、その種類によっても、冷やす作用が多いものと少ないものがあるので、こうした冷却作用には、十分に注意する事が必要である。食品には「陰陽がある」と言う事を認識することが大事だ。

 更に体質には、「陰性体質」と「陽性体質」があると言う事を充分に把握しておかなければならない。
 陰性体質の人は基礎体温が低く、寒がりやで性格的にはおとなしく、行動も消極的で、いわば女性的な体質と言える。
 また、陽性体質の人は、基礎体温が高く、性格的にも血の気が多く、行動も積極的で、いわば男性的な体質である。この陽性体質は、欝状態に強い割に、アルコール量が度を越すと、アル中になり易い体質であり、このタイプの人も、急性中毒の軽いものは、ただの酩酊(めいてい)であるが、重度になると、重いものは人事不省・血管拡張・呼吸および心不全を来すので要注意である。
 また慢性的な、アル中状態になると、慢性中毒では、人格の退行や、肝障害、神経炎さらに精神の異常を招き、これにより人格が崩壊して、人生を台無しにする事もある。

 健康体であるならば、いずれの体質にも偏らず、中間に位置する「中庸(ちゅうよう)」の体躯が末永く維持出来るのである。
 ところが現代人は、体質的には、総体的に陰性化して来ており、この陰性化傾向が慢性病に罹(かか)り易い体質を作っている。ガンをはじめとして、腎臓病、糖尿病、肝臓病、胃腸病等の慢性病は、陰性体質が招いたもので、この元凶が「陰性病」の禍根だったのである。

 したがって人生を健康に過ごす為には、総ての人が、穀物菜食に徹しで、体質の中庸化を心掛ける必要がある。また、食物には体質を陽性化するものと陰性化するものがあり、自分の体質を是正するような食品の摂り方を心掛けねばならない。

 陽性食品としては、根野菜、小魚介類(近海の小魚)、木の実、塩類(自然塩もしくは食品の中に含まれる自然塩)等があり、陰性食品には葉野菜、果物、水、砂糖類(白砂糖ではなく、食品自体に含まれる自然な糖分)等がある。
 なお、穀類は中庸である。穀類が中庸であると言う事は、それ自体でバランスが採れた食品であると言う事であり、これを主食として、食餌法しょくじほう/粗食)の中心に据える事は非常に大切なことなのである。
 食の陰陽が分かれば、日頃の食事や、酒(酒は健康酒以外できるだけ飲まない方が良い)の肴(さかな)に、根野菜や小魚、木の実、天然塩分(食品が持つ天然の塩分のことであり、塩化ナトリウムではない)を大目に摂るように努めればよいわけだ。