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●想念が形作る「現世」と言う次元 現世は現象世界であり、非実在界の存在ですから、一度、悪想念が蔓延(はびこ)れば、忽(たちま)ち不幸現象が現れます。 そして、一度憑衣(ひょうい)されれば、現世では大変な事件を引き起こしまうことがあります。 あるいは憑霊が、個人の本体の霊中枢を乗っ取り、肉体をコントロールして犯罪を起こさせたり、こうしたものが起因して、今日の現世は他動的に動かされている分けですから、取り憑(つ)かれた人の意思に関係なく行動する分けです。そして、一旦犯行に及べば、その人の罪になってしまいます。 本当は取り憑いた人の事件なのに、取り憑かれた人の犯罪となるというのが、現在の「この世」の現象界の実情です。そして、「犯行に及んだ」ということで処罰の対象となります。 もう何年の前のことですが、普段は酒が飲めない青年が、同僚に誘われて、何の気無しに居酒屋へ行き、普段は全く酒が飲めない体質(一般には「下戸」(げこ)といわれる)であったのですが、どうしたことが、ある時間が来ると、無性に酒を呷(あお)りたくなり、ついに深酒をしてしまいました。現象界では、喩(たと)えば、下戸(げこ)で酒が飲めない人が、酒を無理に呷(あお)ると「酒乱」へと変貌(へんぼう)します。 そこへ、来店した客が、自分の肩を触(さわ)った、触らぬと口論になり、殴(なぐ)り合いの喧嘩(けんか)が始まり、乱闘騒ぎを引き起こします。そして普段は酒が飲めず、非常に温和な青年は、調理場の台所から刺身包丁を持ち出し、肩を触ったという相手を包丁で刺し殺してしまいました。 普段は穏和で、おとなしい青年が、ある時間になると大酒呑みになって、切れてしまい、相手を刺してしまったという事件でした。 この場合、この青年の命令系統は二つあったと考えられます。 一つは憑衣されて「飲め飲め」と促した霊と、こう一つは霊と対峙(たいじ)して、「本当は飲めないんだけれど」と断わり続ける本来の自分の本体との葛藤(かっとう)です。両者は相反する行動で、結局、殺人事件を起こしてしまいます。これ等は典型的な憑衣現象です。そしてこうした場所に出てきた霊は、やはりアル中で死んだ人の霊でした。 |
▲万物の霊長と謂(い)われる人間の生命体は、本体・霊体・幽体・肉体の四分構成からなる。 |
さて、憑衣された人の霊に対して、これを退去させる場合は、一般に「除霊(じょれい)」という方法に委(ゆだ)ねますが、除霊してもそれは長続きせず、結局、二、三ヵ月足らずで旧(もと)の木阿弥(もくあみ)に戻ります。
問題は《類は類を呼ぶ法則》(同類法則)という、宇宙法則を根本的に理解せず、これを根本的に断ち切る解消をしていない為です。 除霊等の行為を完了すると、「解決」という言葉が使われます。 この解決という言葉は、他にも事件や裁判沙汰や事故処理等が終了すると、「解決」という言葉が使われますが、こうしたものは解決である為、再び同じ事を繰り返す因縁をつくります。事件でも、裁判でも、事故でも常に、一件が落着する性質のものですから、次から次へと、また新たな原因をつくって行きます。 したがって根本的に「解消」と「解決」では、全く意味が違います。 解決は次に起こる事象の暗示を伴いますが、「解消」は、「もう、これっきり」という、これ「一回限り」の性質のものです。したがって以降、再発することはありません。 さて、同じものは、同じもの同士の意思に集まると言う性質があります。 一般には「類は友を呼ぶ」と言いますけれども、正しくは「類は類を呼ぶ」と言うものであり、これを《同類集合の法則》と言います。 逆に、異なった同士は離反するわけですが、想念もこうした法則に左右されます。同じ想いの念を持っている人は、お互いに集合する傾向があり、違った種類の念を持っている人は、離反する傾向にあります。こうした離反する想念同士を《異類反発の法則》と言います。これは霊界での霊の集合体と酷似しています。 これは「この世」という現世が、また霊界の一部として存在することに起因します。 憑衣現象とか憑霊現象とかいうものは、悪霊化した《霊》に取り憑(つ)かれると言いますが、取り憑かれる方も、やはり取り憑かれるだけの起因を過去に作っているのです。これは霊界での、霊同士の集合法則から来るものです。同じ性質の、同じ性格の者同士が集合することから、人間界も、同じ仲間が無意識のうちに反応し、寄せ集まります。 アル中等も一種の憑衣現象ですから、不規則な生活を送り、だらしない性格で、酒ばかり飲んでいる人には、やはりこうした酒ばかりを飲んで怠慢な《霊》が取り憑きます。 ところが勤勉で規則正しい日常生活を送っている人には、絶対に取り憑けない法則があります。これが《異類反発の法則》です。 《同類集合の法則》では、自然に自分と同じ類の、やはり楽をして、怠けながら、大金だけが転がり込んで、贅沢(ぜいたく)な生活をしたいと夢想している人の処に行きます。したがって、偶然に取り憑くと言うことは決してなく、「種」と「類」が同じですから、意図も簡単に取り憑いてしまうのです。取り憑かれる方は、取り憑かれる起因を最初から所有しているのです。お互いに反応する関係にあります。ここに憑衣現象や憑霊現象の恐ろしさの実態があるのです。 精神的な病気でも、身体的な病気でも、病院に行き、医師の治療を受ける事は結構なことです。 特に、精神的な病気でも、病院に行って治るものであれば、精神科や神経科で治してもらうことは大事ですし、抗うつ剤等の薬を飲みながら恢復(かいふく)を期待するのは悪い事ではありません。 しかし何処の病院に行っても、どんな薬を貰って服用しても、それだけで治らない場合は、「ひょっとしたら、この精神的な災いは、憑衣されているのでは?」ということを思い出して、疑う必要があります。何故ならば、現代医学の治せる範囲は全体の20%に過ぎないからです。したがって、残りの80%は現代医学では治す事が出来ません。 そして元々、精神病と言う病気は、もともと人間にはなかったのですから、こうした病気に罹(かか)ると言う事が、実は重要な問題になる分けです。 病気は、自然発生的に、偶然が重なって起こるわけはないからです。そこには、病気に罹る必然的な「体質の悪さ」が存在するからです。体質が悪ければ、憑衣され易くなります。 自虐心(じぎゃくしん)の強い人は、その軋轢(あつれき)に耐え兼ねて、精神を病むと言う病状が起こり、これまで培った自我(じが)が潰れてしまいます。これを精神医学者や心理学者は、「潰された自我」と表現しているようです。精神分裂病や躁鬱病(そううつびょう)の場合、こうした状態に、憑衣・憑霊が重なりますから、最悪の状態を招いてしまうのです。 ちなみに、憑衣現象とは精神的に自虐心の強い人や、罪の呵責(かしゃく)をいつまでも引き摺(ず)る人に罹(かか)り易く、自分の潰れた自我で悪戦苦闘している人に、迷える《霊》が取り憑いて、憑衣・憑霊され易いようです。これは憑衣・憑霊される人と、迷える《霊》の霊的波調(憑衣・憑霊される人の波調は周波数的に次元が低く、その波調は「粗」である)が極めて似ている為です。 憑衣・憑霊現象によって同調を受けた初期は、その人が「非常に多弁」であると言うことです。とにかく、よく喋ります。これは躁(そう)状態と考えられます。これが第二次症状に至りますと、逆に黙りこくって、鬱(うつ)の状態に移行します。そして、遣(や)ること成すことが「総(すべ)て遅い」とか、「のとまだ」と、周囲に眼には映ります。これが欝(うつ)状態です。 精神分裂病は、これを繰り返しながら、徐々に悪化していきます。人格の破壊がないとする神経症(単数の憑衣・憑霊)が、やがて精神分裂病(複数の憑衣・憑霊。ここに至ると非常に治りにくい)に進行するのです。 また酒好きな人は、アル中患者として生涯を送った人の迷える《霊》が憑き、酒飲の嗜(たしな)みのある人は、不図(ふと)したことで、酒場等で、ひょいと背後から取り憑(つ)きます。これは霊視によって確認されています。 居酒屋のカウンターに両肘を着き、背中を丸めて、手酌(てじゃく)でチビリチビリやっていますと、外邪(がいじゃ/多くは水死霊や横死霊でしかも生前に大酒呑みだった)が、この人の体内に潜り込もうとして、背中の真中寄りの「風門」(ふうもん/足之太陽膀胱経の経絡線上にある経穴)よりスウーッと侵入します。潜り込むとまず、背中がゾクゾクとするような軽い悪寒が疾(はし)り、やがて唖門宮(あもんきゅう/この宮は精気を呼び込む場所として行法者に知られ、閉じたり開いたりする)へと上昇をはじめます。 唖門宮は東洋医術では「唖門」と言う名前で知られ、督脈(とくみゃく)の経絡線上の経穴で、ここは後頭部の温中枢(おんちゅうすう)や冷中枢(れいちゅうすう)を司さどる処で、ここに邪気・外邪(がいじゃ)が侵入しますと、体内の温度調節をするサーモスタットを破壊してしまいます。 ここが破壊されますと、まず反射的に毛穴の立毛筋(りつもうきん)が収縮して、鳥肌が立つような状態が起こり、体内より気が逃げる阻止します。命の門が「命門」(めいもん/《督脈》の経絡上にある経穴で、まさに命の門であり、腰冷え現象をを起こす。これはやがて頑固な腰痛となる。腰の悪い人は憑衣されていると観(み)て差し支えない)、外邪の風の門が「風門」(ふうもん/東洋医術で言う《足之太陽膀胱経》の経絡上にある経穴)、毛穴の門が「気門」(きもん/毛穴を開いたり閉じたりする「門」で、自律神経系の支配下に入る)なのです。 外邪(がいじゃ)が侵入しますと、これらの三つの門の中枢機能が破壊されて、バランスを失います。初期の状態であれば自律神経失調症ですが、深刻な状態になると「鬱病(うつびょう)」となります。体内の温度調節をするサーモスタットを破壊されていますから、体温がどんどん上昇したり、あるいはどんどん下がったりもします。 |
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▲憑衣・憑霊が起こる「風門」と「唖門」の位置。また、《足之太陽膀胱経》と「命門」の位置する経穴と、《督脈》の経穴を指す。
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外邪はまず「風門」から侵入し、「気門」を閉じてしまって出られない状態を作り、次に頸椎(けいつい)を昇り「唖門宮」に留まり、ここで体温調節機能を破壊します。 この時、取り憑(つ)かれた方は体温調節機能が狂わされていますから、ガブガブと酒を飲んでしまうことになります。
一般に「アルコール」といわれる食品は「陽性食品」と思われがちですが、食養道の陰陽から考えると、実際には逆で、躰(からだ)を冷やし、体質を陰性化する食品なのです。一時的に皮膚表面の毛細血管を拡張し、血行をよくする効果はありますが、あくまでも一時的な事であり、発汗させ、躰を冷やす作用をするのです。この作用は、組織を弛(ゆる)め、冷え症にして、精力を抑制し、消極的な方向に向かわせます。こうした状態が、不成仏霊にとっては、取り憑(つ)く絶好のチャンスになり、背後から意図も簡単に、ひょいと憑いてしまうのです。 |