穀物菜食実践の心得
季節ことの「旬」の食材を摂取し、日本の風土にあった粗食を実践する。

 玄米穀物菜食・小魚介・貝類の「粗食」を実践すると、どのような利点があるか挙げて見ましょう。

血液が清浄に保たれ、浄血されて、抗ガン体質を造る事が出来る。
血液が浄化されるから、霊的波調が密になり、神気を受ける確率が高くなる。
全般的に病気にかかりにくくなる。仮にかかっても恢復が早い。
怪我、事故、不倫、家庭不和、裁判沙汰、警察沙汰などの争い事がなくなり、不幸現象が小さくなる。
 また、こうしたものに遭遇しても、最小限に被害で止める事が出来る。
大きな災難が小さくなるのであるから、災いに対する防禦・護身に無駄なエネルギーを遣わなくてよくなる。
腸内から酸毒性の腐敗物質を駆逐(くちく)する事が出来、躰が軽くなって、疲れにくくなる。
 また、身軽になるため、腰痛、肩凝り、肘痛、膝痛などの体重が圧迫する痛病から解放される。
判断力、決断力、直感力が高まり、根気と忍耐の精神力が養える。
運を開く事が出来る。穀物菜食主義は後天的に末広がりの運勢を持つ。
精神力と共に、度胸が出来、心が豊かになって、肚の坐った人間性ができ上がる。
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霊的神性が高まり、霊格が一段と増す。

 以上のように玄米穀物菜食・小魚介・貝類の「粗食」は、食養的にも有効であり、他にも細々と挙げれば、切りがありませんが、歴史的に見ても、神霊学的に見ても、人類にとっては非常にプラスになる面が挙げられているので、この真理は疑いようもありません。

季節ごとの「旬の味」をベースにした粗食のメニュー。

 こうした真理を挙げながらも、中には、それでもやはり牛肉か美味しい、ローストビーフはカロリー豊富で美味、寿司のトロは格別、仔牛のソテーや、中国風の青葉焼牛柳(チンチョイシャオニュラオ)、その他の肉と野菜などをバターや油で炒めたり焼いたりする料理は止められないとして、穀物菜食をしても長続き出来ないのではと、はじめから諦めてしまう人がいるかも知れませんが、こうした人には、敢えて玄米穀物菜食・小魚介,貝類の「粗食」を御勧めする気持ちは毛頭ありません。
 好きなものを、好きなだけ食べたら宜しいかと思います。

 しかし、せめて“四ツ足”の肉を断ち、玄米雑穀ご飯の正食に切り替えるくらいの気持ちは持ってもらいたいものです。

 必ずしも動蛋白を“四ツ足”から摂らなくても人体は賄えるのです。また“四ツ足”の肉を食べなかったとしても、栄養失調になることはありません。最近では現代栄養学者の言が、マスメディアなどで大きな発言権をもって、権威に成り上がり、勝って気ままに肉食を薦めている実情がありますが、これは栄養学として全く根も葉もないことです。
 こうした「似非学問」に振り回されるべきではないでしょう。

 また一方で、ベジタリアンたちが好き勝手な偏見に満ちた論理で、動蛋白摂取の悪癖を論じていますが、野菜一辺倒に偏ることも「中庸」を失うので、こうした考え方も危険であることは言うまでもありません。

 粗食は、もともと中庸を重んじる食餌法であり、野菜一辺倒に偏ることもなく、また“四ツ足”などの動物の肉に偏る食肉を常食として肉中心の欧米の食文化を奨励するものでもありません。
 そして不足しない食餌法こそ、新陳代謝を促し、一番効率のいい食事となるのです。それは「米」を中心とした食事をすることです。

玄米穀物をベースにした大根葉ご飯。

 また、米を中心とした食事の中で一番大事なことは、不足しない食べ方をすることです。
 食べ過ぎれば、太るのは当たり前です。そして「食べて太る」という現象は、躰が正しく反応していると言うことです。
 むしろ危険なのは、食べても太らないという人こそ、病的であり、俗に言う「痩せの大喰い」という言葉がありますが、食べても太らないと言うのはその人が病気であり、“胃拡張”か、“胃下垂”の人は、食べても食べても太りません。

 それはその人の躰が正しく反応しない、病気に罹(かか)っているからです。
 特に胃下垂の人は、胃袋が腰骨の近くまで下がってしまい、体つきは痩せていて、食べても太らない病的体質になっています。そして「息が非常に臭い」ことが挙げられます。
 痩せていて、食べても太らず、息が臭い人は胃拡張か、胃下垂を疑う必要があります。食べても太らない自分の痩身体躯(そうしん‐たいく)を、愚かにも自慢するべきではないのです。

 普段から効率の悪い食べ方をすると、「痩せの大喰い」という畸形(きけい)体質になってしまいます。むしろ食べれば、食べた分だけ太るというのが、肉体として正しい反応をしているのです。
 但し、「太る」という現象は、こうした人も食べ方に問題があり、普段から効率の悪い食べ方をしていることになります。では、どうして太るのでしょうか。

 それは例えば、その人が必要とするエネルギー源が100とします。この場合、効率のいい食べ方をすると、100のエネルギー源で充分です。
 ところが効率の悪い食べ方をした場合、100のエネルギー源であっても30とか40程度になってしまいます。
 こうなった場合、60〜70は利用されずに、無駄になってしまいます。無駄になってしまった60〜70のエネルギー源を再び求めねばならず、結局100のエネルギーで済むところを、追加して食べることになり、最終的には100以上のエネルギーを食べ続けてしまうのです。
 そして、この状態になった場合に、「太る」のです。

 日本人の場合、これから考察すると、一番効率のいい食事は、「米」を主食にした「玄米雑穀ご飯」の食餌法(しょくじ‐ほう)なのです。「米」こそ、一番新陳代謝のいい食品なのです。

 これを更にもっと分かり易く表現すれば、私たちの躰を「石炭ストーブ」に例えてみることができます。石炭ストーブの燃料は石炭です。この石炭を「米」と思って下さい。
 石炭ストーブで一番燃料としてふさわしいのは、石油やガス等ではなく、あくまで石炭です。石炭ストーブに、石油やガスを注入しても、うまく燃えることはありません。それどころか、間違った燃料を入れると危険でさえあります。

 則(すなわ)ち日本人の場合、以上の喩(たと)えから言うと、食物を吸収して、これを活動エネルギーにし、燃焼させる食品は、明らかに「米」です。
 そして注意すべき点は、現代風の「副食のおかずを多く、主食のご飯を少なめに」という食事の仕方はやめるべきでしょう。

 戦前の日本人の食生活を一度試してみて下さい。
 つまり、「ご飯を多めに、おかずを少なめに」食べる、この食餌法を実践すれば、太るどころか、逆にスマートになります。それは「米」という食品が効率良く燃焼されるからです。

 更に、もう一つ注意する点を挙げれば、石炭ストーブを上手に燃やす為には、「酸素」が必要になります。酸素を上手に取り入れることが出来なければ、石炭ストーブは不完全燃焼を起こしてしまいます。
 この酸素を躰に例えるならば、「微量栄養素」と言われる、各種ビタミンやミネラルです。しかし、これらを摂取しようとして“ビタミン剤”を飲めば総てが解決する分けではありません。

 マルチビタミン剤を飲んだとしても、現代の医学や栄養学では、実は食物に中に含まれている微量栄養素の含有物質は、まだ総てが解明されていないのです。発見されていない、微量栄養素は他にも、まだあるのです。

 したがって、ビタミン剤で不足している食物を補うことよりも、「不足しない食べ方をする」と言うことの方が大事なのです。また、不足しない食べ方をすれば、食前や食後に、マルチビタミン剤を何種類も飲用する必要はないのです。

 では、「不足しない食べ方をする」とは、どう言うことなのでしょうか。
 それは「無駄のない食べ方をする」ということです。
 例えば魚であれば、頭から丸ごと食べられるという掌サイズの物です。内臓も骨も皮も、総て食べてしまうことです。
 更に、果物で言えば、リンゴ等もそうであり、リンゴは皮と実の間の、この部分に一番栄養があるのです。リンゴは皮を剥(む)かずに食べるのが良いと言われるのは、この為です。

 私たち日本人は、飽食の時代の只中にあり、食べ物などを無駄に捨てています。しかし、よく考えてみれば、捨てる部分にこそ、大切な栄養素が含まれていることを忘れてはなりません。
 そして食物を無駄無く食して、微量栄養素を丸ごと食べることに心掛けたいものです。

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