ガンも老化現象の一つ 〜その1〜
 さて、九州科学技術研究所は「ガン細胞の発生は、正常細胞が偏移したもので、こうした偏移は一種の老化現象である」という学説に基づいて、今もなお研究を続けております。
 ガン細胞が老化現象から起こった病気であるとするならば、老化した細胞を若返らせることが出来れば、これは自然に治るわけで、「細胞の若返り」という方法を以て、ガンは自然治癒するという結論に至っております。

 ところが現代医学の現実はそうではなく、ガンは自然治癒力に働く、限界外の病気であり、その治療は早期発見による早期手術以外に手はなく、他の部分に転移したら助からないという結論を出しているのです。
 そして一般的な概念としても、「ガン」イコール「死」という構図を導き出していています。
 この「死」のイメージが付きまとうため、現代医学は、ガン患者に対して、ガン告知は酷なものとして、これが医療に携わる者の「情け」あるいは「良心」のように思い込んでいる医学者も少なくありません。

 また「死」というイメージは、この対照的反動として「根治」という方向に、人心を追い込む正反対の思想を生み出します。
 したがって現代医学の、ガンへの取り組みは「根治」という事と、ガン細胞を徹底的に攻撃し、完全にこれを撲滅するということを目指しています。
 したがって「何を以て根治とするのか」その結論も見い出せないまま、「根治」の方向に目標を定めているのには、一種の矛盾が付きまといます。

 九州科学技術研究所では「ガンと共に生きられる」事実(共棲)もあることを、一般に広く紹介しています。
 その重要課題が「食餌法」(しょくじほう)であり、食生活の乱れを正すだけで、偏移したガン細胞は、正常細胞に近づく事が出来るのです。これをガン細胞の善導化と言います。
 自分のガン細胞を、再び血球に戻し、正常細胞として再組織させるのです。
 誰が考えても、ガンは根治した方が良いに決まっています。
 しかしガンを怖がるのではなく、こうした偏移細胞も含めて、正常方向に教導できれば、これもまた一つの福音であるはずです。


【1.ガンは助かる倖の仕組み、その第一箇条 「生きるという生命力」】
 人間には各々に「生きる」という生命力があります。
 生きる因縁を持っているから、生きるのであって、この因縁が無くなれば、生命力は力を失います。これはガン患者であろうと同様です。
 いくら名医でも、生命力を失った患者に対して、これを助けることは出来ませんが、名医が見放した末期癌の患者でも、患者自身に生命力があれば、なおも生き続けます。


【2.ガンは助かる倖の仕組み、その第二箇条 「ガン細胞は正常細胞の変形」】
 ガン患者である場合、こうした患者が外科的除去手術を受けて、抗癌剤投与や放射線照射を、どの位の量を受けてきたか、また検査の結果、ガンと判明し、医師から治療を受けた人と、何も受けないで、そこから食事療法によって、ガンからの克服を目指す人とでは、実際に大きな開きのあることは明白な事実です。

 九州科学技術研究所では「ガン細胞は正常細胞の変形」と捉えているため、外科的攻撃を加えるのではなく、ガンと共存・共棲という姿勢でこれにあたる為、ガンでありながら、治療を受けていない人の方が断然、生命力も強く、また恢復も早いという結果を得ています。
 そしてガンは、もともとは正常細胞であった為、外科的除去をしても、再発する危険が常に付きまとい、他の部分に転移するということを忘れてはなりません。
 ガン細胞を正常細胞に善導・教導することこそ、死の淵で悩んでいる人には真の福音となるはずです。
 まず、ガンという病気は恐ろしいもので、死に繋がるという一般的な社会通念を取り除かねば、この病気は克服できません。


【3.ガンは助かる倖の仕組み、その第三箇条 「千島学説が重要な鍵を握る」】
 千島学説の医学理論は正しい、という認識を持つことです。
 そして千島学説の重要課題の結論は「血球は腸で造られる」という定義です。腸造血については既に述べましたが、食物が消化器で血となります。この理論をしっかりと頭の中に叩き込む必要があります。


【4.ガンは助かる倖の仕組み、その第四箇条 「ガン細胞も赤血球から生じたもの」】
 大腸内に乳酸菌が多いほど、血球は浄化されます。乳酸菌は腸内の腐敗菌を分解します。
 つまり牛乳以外の、乳酸菌を多く含む乳糖は、大腸内で乳酸菌を増殖させる働きがあります。

 また人体組織の細胞は、細胞分裂によって増殖するということはありません。細胞の増殖とは、赤血球が分化したものなのです。
 ガン細胞も赤血球から生じたもので、病的状態に陥った時の産物なのです。
 また、総ての細胞は赤血球に逆分化します。これは断食を通じて、栄養補給を断った場合、ガン細胞は、正常細胞より、速やかに血球に「逆戻りする」という現象を起こします。


【5.ガンは助かる倖の仕組み、その第五箇条 「もう一人の名医の存在」】
 人体の中には、それ自体で「もう一人の名医」を抱えています。
 これは世間票のどんな医学博士の肩書きを持つ名医より、確かな名医です。しかし多くの人は、この事を知りません。
 例えば、結核の場合、栄養をつけなければならないと誰もがそう思い込んでいます。
 したがってこれを治そうとする場合、御馳走ばかり食べていれば、そのうち滋養がついて、治ると勘違いします。しかしこれは大きな誤りです。

 結核は、結核菌(Mycobacterium tuberculosis) 病原菌とする病気です。
 この菌は、グラム陽性の細長い桿菌で、好酸性で、種々の菌型のうち、ヒト型とウシ型が人の結核症を起します。この病原菌は1882年、コッホによって発見されました。
 また結核症(Tuberkulose)とは、 結核菌の感染によって起る慢性伝染病を言います。

 伝染の侵入門戸は、大多数が肺からであり、肺・腸・腎臓その他種々の臓器や骨・関節・皮膚などを侵し、また結核性の脳膜炎・胸膜炎・腹膜炎などを起します。そしてその中でも、結核性痔瘻(じろう)という、肛門付近に悪影響を及ぼす病気も見逃すことが出来ません。
 もし、こうした結核性痔瘻を煩って、美味しい物ばかりを食べていたらどうなるでしょうか。

 人間には排泄という作用が付きまといます。
 排泄物の出口として、肛門は重要な器官です。そして御馳走を食べた結果、それを排泄する段階で、大きな苦痛に襲われることは明白です。
 したがってこうした場合、本研究所は短期間の反復する断食を薦めています。躰の裡側から治さなければ、こうした病気は根本的には効果を得ないのです。

 さて、私達は病気になったら、一から十まで総て医者に頼ったり、あるいは薬に頼るのは、何とも心もとない限りです。
 こうした依頼心は他力本願的であり、「自分」という主人公の消極的な生き方でしかなく、本来人間は、窮地に陥った場合でも、病気を治す場合でも、自分自身で解消する義務が背負わされています。
 すなわち病気を治すのも、健康を維持するのも、自分の持っている生命力や再生力で、これが解消できるのです。

 自分自身の身を護るには、自分自身しか居ません。そこで登場するのが、自分自身の裡側に抱えている「もう一人の名医」の登場になるのです。
 この「もう一人の名医」は、「万病は肚(腹)に宿る」という医術思想を持っています。
 例えば「肩凝り」が顕れたとします。
 この病気は筋肉の張り具合に関係し、脊髄の歪みに警鐘を鳴らしています。脊髄の歪みは、その発信源が内臓であり、内臓に異常が顕れている場合の危険信号です。

 また足の付け根や鼠径管(そけいかん)の処に、リンパ球が張る場合や、グリグリが顕われる場合も、やはり腹部に必ずと言っていい程、疾患を持っています。こうして自身の抱える「もう一人名医」は危険信号を発します。
 こうして危険信号が発せられたら、病気にかかったことを意味します。
 しかし人間は元来病気になったら、病気が癒(なお)るように造られています。これが自分自身の中に備わっている「もう一人の名医」の存在理由です。この名医は、ガンすらも癒(なおし)してしまうという優れた名医であることを、自分自身で認識しなければなりません。


【6.ガンは助かる倖の仕組み、その第六箇条 「自分自身こそが主人公」】
 人生の主役は自分自身であり、自分自身こそが「主人公」です。
 この主人公の人生を、サポートするために、自身には「もう一人の名医」が存在します。
 この名医の功徳を受ける者は、誰一人として例外なく、総ての人が、この恩恵に預かります。如何なる病禍(びょうか)あるいは迷盲(めいもう)といえども、例外なくこの「もう一人の名医」は功徳を施します。

 しかし残念なのは、自分の裡側に「もう一人の名医」が存在するという事を知らずに人生を終り、死生観を解消せずに死んで行く人が圧倒的に多いという事実です。これは何とも残念なことです。
 もう一人の名医は「断食体験」することによって、病気は癒ると断言します。
 さて、この「癒る」ということを、卑近な話で幾つかの例を挙げて見ましょう。

(一)食べ過ぎで胃の調子が悪いとします。
 こうした場合、二三日断食をすると、四日目から、非常によい状態になります。胃薬などでこれを治しても根本的な癒しには繋がりません。これは火事と、火災報知器の関係で証明できます。
 もし、あなたの棲(す)む家の火災報知器が、深夜けたたましく鳴ったとします。あなたは火災報知器の、けたたましい音が煩いからと言って、この火災報知器のスイッチだけを切り、音だけ消して、再び寝るでしょうか。何処かに火種の発信源があるからこそ、火災報知器はその煙を感知して警報を発したのです。
 したがって火事は、何処かで間違いなく発生しているのです。
 その火事の火元を確認せずに、火災報知器が煩いからと言って、これを止めてしまうのは、丁度胃痛で悩まされている時、胃薬だけを用いて、胃を一時的に沈静状態に保つという解決策(行為)に酷似しています。

(二)腹具合が悪かったとします。下痢に悩まされ、それでも食べ続けることは愚の骨頂です。こうした場合、断食することが、この腹具合の病状を癒(なお)す最も早くて、効果的な癒し方です。そして二三日食べずにおくと、四日目には、ご飯が待ち遠しくてたまらない順調な状態に恢復します。

(三)血圧が高かったとします。こうした場合、二三日断食をすると、四日目頃には正常値に戻ります。その後、正しい食餌法をすれば、一生涯上がることはありません。

(四)肥満体型になって、自分自身を醜いと感じます。こうした場合断食しますと、断食ほど効果が覿面(てきめん)に現われるものはありません。
 今より七キロ痩せたければ七キロ、十キロ痩せたければ十キロと、それぞれの希望に応じて痩せることが出来ます。
 ただし断食には、揺り戻し現象としての「リバウンド」が起こりますので、過食を慎むだけの堅固な精神力が必要になってきます。規則正しい食生活に慣れることは容易ではありませんが、しかしこれが実践出来れば、一生スマートな躰を持つことが出来ます。粗食・少食主義が為(な)せる技です。

(五)痩せている人は、少し肥りたいと願った場合、断食を五日ほど実行して、これを二三回繰り返します。
 そうすると腸壁の絨毛にへばりついていた宿便が剥げ落ち、健康な腸を取り戻すことが出来ます。
 また痩せている人は多くの場合、胃下垂が上げられます。
 「食べても食べても肥らない」と自慢する人は、大方が胃下垂です。一般には「痩せの大食い」として知られ、理想形をした体躯と羨望の眼で見つめられていますが、これは理想形どころか、間違いなく病気なのです。
 こうした人は体型的に痩せ型の猫背であり、直立不動の姿勢が悪く、吐く息が非常に臭いのが特徴です。そのために常に口臭消しの錠剤やガムを噛んでいて、他人に気付かれないように、病気であることを誤魔化しています。これは火事の喩えで、火災報知器のスイッチだけを煩いからと言って、切ってしまう行為に酷似しています。
 「食べても食べても肥らない」は胃腸病の症状であり、「痩せの大食い」は、病人である代名詞だったのです。

(六)皮膚病でどうしても治らない場合、一〜二週間程度断食しますと、ジュクジュク箇所は不思議と乾いて癒り始めます。疥癬(ヒゼンダニの疥癬虫の寄生によって生ずる伝染性皮膚病)にも大きな効果を齎します。

 以上挙げた事は、断食の効用を一部だけ挙げたものであり、その他いろいろな病気に効果があります。これは人間が断食することによって、腹中に長年停滞した宿便や黒便、その他の病原毒素を体外に排泄して、心身の休養と浄化が成されるからです。

 断食を行うと、まず、血液が見る見るうちに浄血されます。躰の総てが清浄されて、全身全霊の大掃除である「みそぎ」が完了し、半身半霊体(現代人が最終進化を遂げるための理想形)に近づく体躯が取り戻せます。
 こう言う意味で、自身の裡側には「もう一人の名医」が存在していると言うのが、はっきりとお解りだと思います。


【7.ガンは助かる倖の仕組み、その第七箇条
 「ヒトは生体メカニズムではなく、人格を持った人間である」】
 現代医学の長所と短所は、まず長所としては、交通事故や緊急を要する場合の措置として、手術による外科治療の面では非常に優れているが、慢性的に蓄積された禍根の重荷は解消できないと言う短所があります。
 この大きな理由は、人間を人間として扱うのでなく、完全に、その人の人格を無視して、生体メカニズムとして、人体に取り組む技術姿勢にそもそもの誤りがあるからです。

 主治医は検査結果に基づく、種類の数字だけを見て、検査室から提出された数字に対して、診断を下しているという現実があります。
 昔のように患者の脈をとったり、聴診器を当てて、心音を聞くという医者独特の行為も少なくなりました。こうした事は、病気に掛かった生体を、メカニズムとして認識し、人間としての尊厳を見失った現代医学の矛盾の原点が挙げられます。まさに「木を見て、森を見ていない」という諺を、地でいく現象が、現代医学には巣食っているのです。

 さて、ガンは慢性病の最たるものであり、急激な進展によって急変する病気ではありません。そして食べ物がこの病気に関与していることは疑う余地がありません。
 現代医学の最先端医療技術を以て、ガン細胞を一つ残らず除去することが出来たとしても、その人のガン体質が改善されなければ、ガンは再発します。
 ガンになる環境や食生活に改善がなければ、例え一時的にガン細胞を取り除いても安心は出来ないのです。


【8.ガンは助かる倖の仕組み、その第八箇条 「行き過ぎた現代医学の現実」】
 現代医学では、ガン細胞は正常細胞より異常な速さで分裂し、増加すると言います。だから発見次第、外科手術で一つ残らず切り取ってしまう、あるいは放射線療法で、一つ残らず焼き殺してしまうという攻撃的な考え方があります。
 しかし半年や一年で末期症状になるのではなく、その病因や禍根は、ずっと以前からあり、それが長い期間をかけて悪化したと考えられます。
 したがってガン細胞を体内に持ちながらも、何年も、何十年も生き続けている人もいます。

 現代医学の「一つ残らず」という攻撃的な考え方は、行き過ぎた対症療法であると言えます。また自然の摂理を忘れた医療だと言えます。
 行き過ぎた対症療法に一つに、「椎間板ヘルニア」(俗に言う、ギックリ腰)の手術が上げられます。
 椎間板ヘルニア患者をどうして手術する必要があるのでしょうか。これは手術しなくても治る病気であり、これを手術という形で、腰痛を治すという考え方は余にも行き過ぎです。

 病気は人間に対しての天(自然)からの啓示です。
 病気という形で、天は人間にこれを下します。「お前の生活が間違っているぞ、考え方がおかしいぞ、今改めなければ命を失うぞ」と言う天からの啓示です。
 したがって病気になれば、何故病気になったかを反省し、生活態度を改め、食生活を改めなければなりません。頭を休め、躰を休め、癒す時間を与えられたのだと感謝しなければなりません。

 現代医学は人間の持っている自然癒力は、ガンには働かないとしていますが、断じてそんなことはありません。ガンにも、天は自然治癒力を与えているのです。
 しかし悲しいかな、人間は愚かにもそのことを見逃しているのです。
 そして公的なガン対策としては「早期発見」「早期治療」により、ガンは克服できるとしていますが、実際にはガンと診断され、手術、放射線照射、抗癌剤の投与などの治療が行われた後、予後不良の状態が明らかになって、実は診断時点において「手遅れであった」との説明がなされることが多くなりました。

 早期検診、早期発見に努め、ガンの撲滅をはかろうとするのが、国の専門医学会や、民間の日本対ガン協会の基本方針です。しかしそれにもかかわらず、ガンは現実に、専門の大学病院で、専門の医師により、比較的早期の診断によって、専門的な治療がなされても、治って健康を快復し、常人と同じように働いている人は殆どいません。
 むしろガンと告知を受けながら、一切の現代医学の治療を拒否し、食生活を改めるだけで、ガン細胞を躰に抱えながら何年も、何十年も生きている人がおり、またガン患者でありながら、常人と同じように働いている人は何人も存在します。

 では何故、早期検診、早期発見、早期治療が合言葉のように交わされているのでしょうか。
 まず子宮癌について考えて見ましょう。
 子宮癌は1・2・3・4期と、進行区分がなされており、初期ガンである、1期2期のみは通常その完全摘出手術が可能とされています。
 しかしこの完全摘出可能な初期の子宮癌ですら、その摘出後の五年生存率を見ると、1期ガンで約80%、2期ガンで60%くらいであり、言葉を換えれば、1期で20%、2期で40%の女性が五年以内に死亡しています。

 初期ガンである、子宮の完全摘出可能といわれるガン手術ですら、五年以内に10人中2人〜4人が死亡するというこの手術は、半端な数ではないことが解ります。
 そして3・4期の進行子宮癌の場合は、摘出手術が広範性、あるいは超広範性の根治手術であっても、術後障害や、再発で死亡する確率が非常に高くなります。
 最先端の医療技術を以てしても、1期で5人に1人は助かりませんし、昨今では1期の前の0期という進行区分がなされ、その縮小された手術のみ、100%治癒が可能であるとされています。

 また胃癌では開腹して、リンパ節転移が一箇所でもあれば、最早手遅れの状態に入ります。
 またガンが、胃壁に局限されていたとしても、胃の漿膜面にまで、僅かに肉眼で変化の状態が認められた場合、それが例え、完全摘出手術が行われても、その後は殆どの人が不調を訴え、再発します。

 胃癌の場合、術後五年以上を生存を保証できるのは、胃の漿膜面に変化が見られない、胃の粘膜内に局限したガンのみ、100%治癒が可能であるとされています。
 このように早期検診、早期発見、早期治療により、ガンは殆ど100%克服できるとする国や医学会のガン対策は、子宮癌については0期、胃癌については粘膜内ガンのみ有効ということになります。
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