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真当の強さ

 真当(ほんとう)の強さと、強がりとは違う。
 強さを知る者は愛するものがあり、守るものがある。そして、それに命を賭(か)け、あるいは命を張ることが出来る。これは、強がりでは出来ない芸当である。


心に積む徳の噺

 ただ儲かればいい……。現代はそう言う時代である。
 こういう時代は、どうしたら儲かるかを企及する。しかし、その企及はやがて行き詰まるだろう。利が先行しているからである。
 一方で、真当の財を積むには、他人(ひと)に、どうしたら喜んでもらえるかを企画しなければならない。これが徳である。
 徳を積むには、「いい物、珍しい物」をどうしたら提供できるかを模索しなければならない。この場合、心の上に積み上げていく「徳」が必要になる。その徳は、教養と見識の上に積み上げていくものである。


代償を払わされる噺

 人間は自分の遣(や)らかした事からは、なんぴとも逃れることは出来ない。
 作用を起こせば、必ず反作用が働くからである。
 事を行なえば、それ相応の代償を払わされることを覚悟しなければならない。


生かすための才

 才があっても、その人に適性があるか否かの問題は、恐怖に対する認識の有無である。その適性が無ければ、才は埋没するだけである。
 数字相手のバーチャル的な才だけでは、実際に役に立たないものである。


情報化社会の盲点

 科学主義は知識欲を加速させるばかりである。前慣習的な相対主義が崩される背景では、ますます知識欲が旺盛になり、これに歯止めが掛からなくなる。科学を標榜する情報化社会の盲点である。


左旋回する中心帰一の噺

 誰もが考える理想の人生とは、なんのトラブルもなく、順風満帆で波風も立たず、凪(なぎ)の人生を模索することだった。
 ところが、願望通りに運ばれない。ある日、突然、災難が襲ってくるからだ。
 その災難の出所は、中心から離れ過ぎて、許(もと)に戻れないからである。
 「右旋回」を基調とする拡散と膨張を繰り返す経済発展……。これこそ、現代人が観(み)ている幻想であろう。肝心な「左旋回」の中心帰一(ちゅうしん‐きいつ)を忘れてしまったからである。


ひとり主義の擡頭

 当今は「子は鎹(かすがい)」でない。
 子は子であり、夫婦間の融和から、子は離れ去る存在になってしまったからだ。
 また、「子宝」という意識も廃れた。家の中心は父親ではなく、国家でもない。自分が中心である。更に、民法からは家長制度が崩壊した。
 ひとり主義の擡頭(たいとう)である。


厭なことの処理法

 物事は厭(いや)なことから先に遣(や)る……。結果的には功を奏する。厭なことを最初に躊躇(ためら)ってはならない。


開鎖の噺

 不可能と思えることでも、創意工夫すれば、やがて不可能と思えるものでも扉を開ける。しかし、諦めれば鎖(とざ)す。


タックス・ヘイブン

 境目の枠を取り除き、国民や国家の枠組みを取る……。これが国際金融資本のグローバル化の目的である。
 そのためには地球を縮めて交通の便を良くし、人の行き来を盛んにして、国民や国家の意識を消滅させる……。ワン・ワールド主義者の目論見である。しかし一方で、ワン・ワールド主義者はタックス・ヘイブン(tax haven)を企んで、多国籍企業が節税目的で、「世界は一つ」の合い言葉を利用している。金持ちの、金持ちのための、金持ちの世の中をつくるためである。
 現に、バハマ・バーミューダ諸島などの実質無税な諸国を税避難地としている。
 知らぬは底辺の庶民ばかりである。