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人が変わるときの噺

 古人は「人間は窮(きゅう)したときや、栄えたときに本性を現す」と言った。
 だが、本性を現すには極端に窮するか、極端に栄えて栄耀栄華を見るときに限る。極致に至って、人は変わるものである。したがって、中途半端では、何の変化も起こらない。
 誰でも、起こり得る変化の現象が起こる条件。
 それは窮地に陥り、窮して窮して困窮し、ドン底に堕ちれば人は変わる。
 二進(にっち)も三進(さっち)もいかない極限まで追い込まれ、窮して窮して、どうしようもないところまで堕ちてしまえば、あとは「この大旆(たいはい)のもとで、死のうではないか」となる。つまり、「依(よ)って、以て、死ぬ何か」を見付けた場合である。このときに限り、かつての懦夫(だふ)も勇者となる。
 死んでも悔いのない生き方を探し当てたからだ。中途半端でないから、もう迷うことはない。


享受の刹那

 この世に、如何なる物も永遠のものはない。永遠どころが、百年、千年、万年のものはない。高(たか)が半世紀の五十年のものですら、幾ら完璧(かんぺき)であるといっても、半世紀も経てば、時代も歴史も替わり、それは過去のものになってしまう。
 享受において、仮に、いま自分のものにしたといっても、それは刹那(せつな)のことであるからだ。
 時代の流れは、人を待たずである。


現代人の生活様式を問う噺

 故事に「懶(おこたり)は性(しょう)なり」というのがある。
 人間は怠けることが本性であって、勤勉・勤労は性に逆らっているというのである。この故事に遵(したが)えば、毎日毎日多忙に逐(お)われ、寿命を擦り減らすようなことをしているのは性に反しているということになる。こういう状態では、人間の性情や寿命を長養もとが出来ないと言うのである。したがって、のんびりと呑気(のんき)に遣ろうとなる。
 だが、これは間違ったところがある。なぜなら、勤勉・勤労の仕方に関することを、勤勉であり、勤労に励むもとと混同しているからだ。
 確かに、あくせくと働き回り、苦労しつつ、心配して、過労に陥る仕事ぶりは、悪だろう。それを続ければ、生命(いのち)を縮めるのは当然だろう。しかし、それは勤勉であったり、勤労に励むということとは違うからである。
 小人閑居(しょうじん‐かんい)して不善を為(な)すとは違うのである。むしろ退屈して、暇を持て余すようになれば、それ自体が、不善を重ねることになるからである。
 改めるべきは勤勉や勤労ではなく、多忙に追われる生命を縮める現代人の生活様式だろう。


予兆が起こるとき

 順風満帆……、遣ること為(な)すこと総て上手くいく……。これに有頂天にならない人は、多くないだろう。たいていこういうときは、天狗になる。高飛車になり、横柄になり、傍若無人の態度をとって、周囲を見下す態度をとる。だが、これ事態が亡びに向う予兆である。
 貴賤(きせん)を問わず、侈傲(しごう)の者は亡ぶ……。
 好事魔が多し。胆に銘じたいものである。


清々しさの噺

 青年期の若い頃の欲望や野望は、冬の褞袍(どてら)のようなものである。そのうえ、下には沢山着込んでいる。しかし、壮年期を経て老境に入ると、夏着のように軽装にして、着込んだものは脱ぎ捨てていかなけばならない。あれもこれもと、着込んでいては、人間としての成長もないし、だいいち死ぬに当り、死ぬための動きに邪魔になる。
 老いれば身辺整理をして、軽装でスッキリと、清々しくありたいものである。


損得の噺

 成功すれば恩にきせるが、失敗すれば頬っ被りをする。
 人とはそういうものだと分かれば、失敗して損を蒙(こうむ)っても怨(うら)むに値しない。


吾、唯、足るを知る噺

 不満と憂愁(ゆうしゅう)の色が拭い去れない。見返りが少ない……。世の中は、そういう人で当今は溢れている。足るを知らないからだ。


福を掴むには

 禍(わざわい)を福に変えるには、生きる工夫をしなければならない。待っていても福は遣って来ない。福は自分から掴みにいかねばならないのである。


先覚者の噺

 人の世は難解なものが多い。人間はただ利害だけで生きているのではないからだ。負けを覚悟で突き進む人は、そういう人である。それは先覚者に見られる人間現象である。


不意の噺

 戦いは不意を衝(つ)くところに勝算がある。風(ふう)を読むところに好機の根元がある。