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人気者の正体の噺

 芸能界とか、芸能界と地続きの業界……。この業界は大衆に飽(あ)きられたり、不始末でへまをしたり、業界の大物に見捨てられたら、あっという間にお払い箱である。これが人気者の正体である。


トリックの噺

 人間のすることには、必ず脆(もろ)い側面や死角というものがある。
 例えば警戒心である。警戒心を持つことはいいことだが、警戒心に万全という太鼓判を捺(お)した時、そこに脆い箇所が顕われる。例えば、警戒心が強いほど、トリックには弱いものである。
 手品が、素人に見抜けないのは、巧妙な手品師のトリックに騙されるからである。


向けたれた鉾先の噺

 相手が対立関係の人間であっても、共通の敵に鉾先(ほこさき)を向けられると、相手を味方と思い込んでしまうことがある。


学ぶとき

 不景気で焦(あせ)る側は、個人でも企業でもツキに見離されれば、焦れば焦るだけ深みに嵌まって、あれやこれやと対策を立てる。しかし、この対策はツキに見離されての対策なので、結局、功を奏しない。
 ますます悪くなるのは、このためである。
 こういうときは、じっくり腰を据えて、いまを学ぶときと判断し、こういうときこそ、大いに学ばねばならない。


亡びに通じる路、滅びに至る門の噺

 米を堂々と盗み食いする犬は打たれず、糠(ぬか)をこそこそ盗み食いする犬は打たれる……。なんと皮肉なことか。
 詐欺も大掛かり詐欺ほど、欲にかられた連中は安全だと思い込む。
 『聖書』にも言うではないか。亡びに通じる路は広く、滅びに至る門は大きく豪奢(ごうしゃ)に見えるため、これより入る人は多しと。


良き運の行動律

 気付いたときに、不具合をするに調整し、その事を直ぐに処理する。これこそ最高のチャンスである。決して先送りにしない。これが運の良くなる行動律である。
 『史記』には「時は得難くして、失い易し」とあるではないか。


今日一日の噺

 一日は「今」の集積である。今の一秒が一分を作り、一分が60集まって一時間を作る。その一時間が24集まって一日を作る。つまり今日一日が、365日集まれば、一年を作るのである。それが10集まれば、十年となり、20集まれば二十年、30集まれば三十年、40集まれば四十年、50集まれば半世紀である。
 人間、せいぜい長生きをしても百年前後だろう。しかし、この約一世紀の時間が、今日一日に集積で成り立っている。
 今を失う人は、今日一日を失う人であり、今日一日を失う人は、一生を棒に振る人である。


自然治癒力を活性化させる噺

 罹病した。肉体が病気をした……。これは果たして、肉体だけが病気になったと片付けてよいのだろうか。
 例えば、肩が痛い。腰が痛い。膝が痛い。自由に歩行できない。胃が痛い。腹部が痛むなどは、単に肉体だけの故障だろうか。あるいは他から感染しただけなのだろうか。
 これに関連して、心が病む精神疾患がある。
 こうしたものの病根は、どこに震源があるのだろうか。
 病気の根本は心の暗影(あんえい)である。不自然で、無理は負荷が掛かっているのである。多忙もの一つだろう。他人からの評価を得れないことも、これらに絡んでいる。
 これらは著しく自然治癒力を疎外しているのである。まずは朗らかに、潤いのある心を養わねばならない。


周囲の変化は、わが心の顕われ

 外には友人、知人、隣人、同僚などがいて、内には親子、夫婦、祖父母などがいる。これらの人は総て、わが鏡であって、わが心のままに変化していく。


機会は二度と還らず

 毅然(きぜん)として行なえば、鬼神(きじん)も道を譲る。そして、毅然と立って物怖(もの‐お)じしなければ、そこから運が開ける。
 運は、勇者を愛すると言うではないか。
 ぐずぐずすれば、機会(チャンス)は二度と訪れることはない。自ら捕まえにいかねばならない。
 「いま行なうか」あるいは「考えてから行うか」の二者を比較した場合、結果的には尚早といわれるものでも、いま行なった方が、結果的にはいい形に納まる場合が多い。