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不相応に舞い上がる噺

「お若いですね」といわれて喜々とする人は多い。
 人間、かつての初老と言われた四十歳を超えて、壮年以上の年齢に達すると、たいていの人は「お若いですね」と言われて喜ぶものである。凡夫(ぼんぷ)の人情だろうか。
 しかし、よく考えてみる。
 これは率直に言えば「青いですね」の皮肉が籠(こ)められていといえなくもない。つまり、年齢を重ねても、年齢相応でないという意味だろう。
 「若い」といわれて喜ぶようでは、年齢不相応を、考え直す時期に来ているのではないのか。


初心を忘れず

 狎(な)れる。厭(あき)きる。舐(な)める……。これらは情熱を喪ったために起こる現象である。そして、初心を忘れ、礼儀を忘れた結果、起こった現象に他ならない。
 これが進行すると、やがて人生を厭世的に捉えてしまう。初心の気持ちを、いつまでも覚えておきたいものである。


思慮のない人の噺

 思慮のない人は知ろうとしない。したがって、自らの立場も分からないままである。
 知ろうとしない……。ここに恐ろしさの背景がある。


原点回帰

 元に戻る……。現象界では、常に可逆性が働いている。


境遇の奴隷の噺

 当今の多くの日本人は生活のために働き、毎日多忙に追われている。サービス業が就労人口の四分の三の割合を占める現代社会は、体裁こそいいが、奴隷と同じである。これは江戸時代の水呑百姓より凄惨な状態であろう。
 当時の水呑百姓は、自分が水呑百姓であることを自覚していたが、当今のサラリーマンは自らが奴隷的ポジションに居ることを、全く気付いていないからだ。
 更に江戸期の奴隷は、農奴として離農したり、他国へ逃れると言う移動の自由があったが、ローンに手枷足掛けを嵌められた現代のサラリーマンは移動の自由すらない。何処に逃げても、住民票から探し出されてしまう。これこそ境遇の奴隷の最たるものでないか。


世迷い言の噺

 時期尚早という言葉は、消極的な人間が口にする体裁の良い「言い訳」である。
 いま立たない。いま遣(や)らない。腰が重いなどの、この鈍感さを、大半の人は「時期尚早」という言葉で誤摩化している。


溺愛の愚の噺

 人は愛に縛(しば)られると言う。しかし、愛に縛られるのではなく、愛に溺れるのである。
 人を愛することと、溺れることは違うのである。


死に方と生き方

 人がどう死ぬかは、どう生きるかによって決まる。


自由ということ

 自由とは何か。
 一言で、自由と言う。しかし、この自由という言葉が、実に曖昧である。
 物事は行なう自由も、行なわない自由もある。これが本当の自由である。だが、これは大変な自由である。自由が重くのしかかるからである。


生きる価値

 失うものがない。一見、捨身で強いように思える。
 しかし、そんな人生に、果たして生きる価値があるのか。
 棄(す)てられないものが、一つや二つあってもいい。