過去集1〜1011〜2021〜3031〜4041〜5051〜6061〜7071〜8081〜9091〜100101〜110111〜120121〜130131〜140141〜150151〜160161〜170171〜180181〜190191〜200201〜210211〜220221〜230231〜240241〜250251〜260261〜270271〜280281〜290291〜300301〜310index





立居振る舞いの噺

 何から何まで義務化されていく世の中……。
 例えば、子供の教育や躾も親と学校がするものだと世間一般では思われている。
 ところが親も教師も出来ない教育がある。躰儀(たいぎ)というものである。
 躰儀とは動きを教える立居振る舞いであり、肉体の動かしからである。肉体を動かす場合は精神の躍動がなければ生き生きとした、溌溂(はつらつ)としたものでなくなり、芯(しん)である魂を目覚めさせ、魂から発する動きが出来なくなる。
 昔の家では、それらが作法としての芸事と直結されていたが、当今はそれが殆ど喪われてしまった。


こだわることの奴隷

 一事のことにだけこだわる人は、おおかた二種類いる。まず、境涯に流されて、こだわりことを好(よ)しとする人。もう一つは、こだわるあまり、反抗心を剥(む)き出しにして意地になる人である。


聴く耳の噺

 当今は人の話を聞かず、自己主張ばかりが旺盛である。これはいきがって喚く人間に多く見ることができ、それは吼(ほ)える狗(いぬ)の如しである。
 では、こういう手合いをどうするか。見下せばいいのである。
 見下していけないのは、相手が聴く耳を持った人間である場合である。それ以外は話が通じないのだから、結果は馬耳東風だろう。動物に語る必要はないのである。


勇気と創造の噺

 苦悩は絶望の原因にならず、むしろ勇気への刺戟になる場合が多い。また、不平不満が平和を覆す原因とはならず、むしろ創造への動機となる。


公共の電波を遣っての大道押売り

 サプリメントは一種の健康詐欺である。テレビで、矢継ぎ早にガナリ立てる商法は、買わないと損をすると思い込ませる香具師的な大道押売りである。目的は視聴者に大量消費させることにある。サプリメント依存症は、この消費下にある。
 これこそが健康詐欺を雄弁に物語っている証拠である。


一つの存在の噺

 現象界において、一つのものが存在すると言うことは、同時にそれと違ったものが取り巻いているということである。これは現象界に在(あ)る人間も同じことが言えるだろう。
 人間現象界において、個人としての独自な存在があるとするならば、取り巻きには独自の他人も存在するわけで、個人の尊重は、また他人への尊重でもある。
 もし、他人の独自な存在の意義と認識を無視し、尊重することを忘れれば、それは自分の存在すら忘れることである。


悲観的な考え方

 厭世観に陥ったり、抱いたりする人は、自分の人生を甘く見ている人である。


今の考え方

 世の中には無責任な感情論や視野狭窄の嵐が吹き荒れている。
 物事の見方がミクロ的であり、マクロ的でない。今を大事にすることはいいことだが、今にこだわり必要はない。人間現象界は時々刻々と流転しているからである。


自由と責任

 自分の責任を果たすためには、完全なる自由がなければならない。だが、自由というものが、他から与えられるものであってはならない。自らが進んで戦い取るべきものである。したがって、完全なる自由を得るためには、完全なる責任を果たさねばならない。


虚飾を棄てる噺

 自分の長所を活かすことに熱中している人は、自分の欠点を決して飾るようなことをしてはならない。