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自分の名前の噺

 現象界にはそれぞれものに名前がある。それは人間も同じことだ。
 世の中には、自分の名前は自分で選んだ訳でないので、自分の名前を不服に思っている人も少なからずいるようだ。そのくせ、自分の名前が世に知れ渡り、有名になることを願っている人も少なくない。


借りを返す噺

 見返りを需(もと)めな人から世話になったら、その借りは借りっ放しではいけない。必ず、その人が生きているうちに、借りは確(しっか)り返しておくべきである。
 借りたら返す……。これがこの世の鉄則であるからだ。これは金銭の貸借だけでない。
 特に親から借りたものは、親が生きているうちに返すべきであり、況(ま)して親は、子に見返りを需めないで、成人するまで世話を焼いたからである。また、返せるかそのまま頬(ほ)っ被りするかで、人間と動物との分岐点がある。


ある程度の束縛とある程度の自由

 蹂躙(じゅうりん)されたり、強制的に規制されることは、決して幸福なことではない。しかし、これらから解き放たれて、自由奔放に、無人の曠野(こうや)に置き去りにされることも幸福とは言えまい。
 換言すれば、人間はある程度の束縛と、ある程度の自由があって幸福を感じるものである。


断念する仕方ない人の噺

 世の中には「仕方ない」といって、簡単に諦めてしまう人がいる。もう、これ以上どうにもならないと断念した人である。しかし、仕方ないという人ほど、仕方ない人はいない。


忌まわしい過去の教訓

 暗い過去、恐ろしい過去は一刻も早く忘れた方がいい。しかし、そうした過去から得た教訓だけはいつまでも覚えておいた方がいい。


第一歩をどう捉えるべきか

 過去の出来事は未来に向けての第一歩となり得る。しかし、過去の栄光にこだわると、それを阻止する力ともなる。
 未来は躍進する刺戟(しげき)ともなり得るが、またそれを惑わす力でもある。
 阻止も迷いも取り除くためには、現在を正しく把握し、自己を正しく立脚させるように心掛けるべきであろう。


善悪顛倒の噺

 自身をコントロールできない人は、束縛が善であり、解放が悪である。


双頭の鷲の噺

 根が同じと言うものがある。一方を目立たせるために、他方を叩く構造である。
 例えば共産主義とグローバリズムである。双方を比較すれば、一見ちがうもののように映る。
 しかし、共産主義もグローバリズムもユダヤ思想である。虐げられたユダヤ人を解放する思想である。それが、地球を一つとするワンワールド主義であり、ユダヤ教徒(ユダヤ人とユダヤ教徒は異なる)を解放するためのイデオロギーである。国際主義とかリベラリストはワンワールドによって国境廃止を企んでいるのである。
 当今の日本の政治家は当てにならない。日本国民はこの只中にあって精神武装をするべきであろう。


長所を見出す噺

 相手を愛するためにも、相手に打ち勝つためにも大事なことは、まず相手の長所を探すことである。


自分の顔写真

 人はたいてい、自分の写真を履歴書に貼る場合や見合い写真然としたものを第三者に見せようとする場合、実物より出来るだけよく写った心象のいいものを示したがるものである。
 特に女性の場合、実際の顔よりよく見えて、美しく見えれるものを相手に示したがる。これは奇妙な心理と言うより、人間としての人情だろう。
 しかし、この心理や人情に、嗤(わら)う資格は多くの人間にはあるまい。
 人間は男女を限らず、自分の学歴や学閥、地位や役職、名誉や経歴を示す場合、自分の顔写真に置き換えて考えてみればいいことである。