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無知と残忍の噺

 鉢植えの植木に水を遣り過ぎて根腐れさせる人は尊敬に値しない。植木について無知であるからだ。しかしそういう人でも、水を遣ることを忘れる人より、まだ救われる。まったく救われない人は、植木の水を最初から遣らない人である。残忍と言えよう。


断食の噺

 習慣の恐ろしさと言うものがある。
 その恐ろしさを知ることは大事なことである。怕いもの知らずでは、人生を誤る。
 例えば生活レベルを引き揚げると、その後、欠乏状態になっても、生活レベルを変えることはなかなか難しい。習慣がつくと、一旦上がったものを落すことが出来ないのである。
 人間は一旦その環境に染まると、そこから抜け出すことが難しい。依然のままである。それを維持しようとする。これが自己抑制の難しさである。
 特に心術を鍛錬していない人は、その変更が困難である。
 人間の生活の中で、衣食住の変更は難しく、特に食においては、一旦飽食と美食に染まると、その習慣を改めることが難しく、この難しさは現代人の弱点と言えよう。
 飢えを知らず、ひもじさを知らない人は、引き揚げられた状態から、低下させる生活が難しいようである。そこで、断食を経験しておくのも悪くない。


背筋力の大事

 背筋は鍛えても、長期に亘って役に立つが、腹筋は短期に役に立っても長期には役に立たない。却(かえ)って腹筋を遣り過ぎると、腰痛の病因をつくる。更に腹筋は、猫背にも矯正力がない。
 老いても、矍鑠(かくしゃく)とした姿勢をつくるには、背筋力をアップさせておくと良いだろう。


慎む噺

 外食せずに、自分の家で食事をする。この食生活が食の乱れから、わが身を護る。この護りが生きるための慎みとなる。


報酬なしの行為

 見返りを求めず、評価を求めず、誰かの役に立つ。それも報酬なしでだ。
 一切の見返りを求めず、評価なしで遣る行為……。それこそ誇るべき、凭(もた)れ合いを生きる人間の幸福なる姿ではないか。
 仮に評価されればプラスα、評価されなくてもプラス・マイナス・ゼロで済む。そこに精神の豊かさがある。これこそが、毅然と立てる自己である。


愉しみの所在

 表に出らず、裏で愉しめ。ここに内なる密かな喜びがある。


休むことの噺

 永遠に勝ち続けなければならないという強迫観念が、当今の多忙を生んだ。疲れたら、休むことを知らねばならない。疲れたら休むことだ。心身を休養させることだ。


豊かさの所在

 信念が萎(な)えるのは教養を追求する独自の趣味がないからだ。併せて、物がなくても幸せと感じる精神的豊かさがないからだ。
 豊かさは、物のある状態だけを指すのではない。その点、教養は心の豊かさに通じる。


付和雷同

 中流以下に広まったことは遣らない方がいい。付和雷同に陥るからだ。
 その迎合に、儲けを企むなどの行為が紛れ込み、徳の大事が見失われていく。徳が失われては、財も蹤(つ)いて来なくなる。多くの現代人は見落としている経済的不自由に陥るシナリオである。


信頼関係

 負けるのは自己責任でない。しかし、自分を信じる力が薄いと、負けることになる。
 自分を信じる……。
 それは人を信じる力である。裏切られても信じることが出来れば、その「信」は真物(ほんもの)だろう。