道場憲章 8



第六条 道衣と袴の持つ概念

 
西郷派大東流合気武術を修行する門人ならびに各支部道場生は、総本部尚道館が指定した独自の武術着を着用する。有段者の場合は、特にこれを厳しく義務付け、その主旨は正しい道衣を着用して修行に精進する事を促す為である。

1.武術衣の特徴と形式
 
わが流の指定する武術衣の特徴は、「刺子(さしこ)道衣」であり、その特徴は「掴む」「押さえる」「擦る」、そして各種の「受身をする」という場合に於いて、破れず、また自分自身の躰を損傷しない為に、独特に考案工夫された西郷派大東流合気武術独特の道衣を用いる。
 特に有段者ともなれば、これまでの稽古に比べ、その動きも頻繁(ひんぱん)に、巧妙になり、薄手の柔道衣や空手衣では対応できなくなり、また剣道着や居合道着も同様であり、薄い道衣は総べて禁止し、躰への損傷を軽減する為に、我が流は独自の武術衣を採用し、有段者に於ては、この道衣を着用する事を義務付けている。

 また道衣上衣(ラベルには我が流独自の戦闘騎馬軍団の馬印であった戦闘四ツ菱のマークが入る)の形式としては、材質は極上の純白晒綿(さらしめん)を使い、道衣の背後の背中の部分は、背縫二重織となっている事が特徴であり、武術衣のズボン(ラベルには我が流独自の戦闘騎馬軍団の馬印であった戦闘四ツ菱のマークが入る)は膝部分が膝行動作にも絶えられるように二重織になっている。
 道衣の上衣には、左胸に「西郷派」(文字の形は西郷派大東流の指定の文字型)もの赤の刺繍(ししゅう)文字が入り、右腕には「大東流」(文字の形は西郷派大東流の指定の文字型)の文字を入れ、これをもって「西郷派大東流」の象徴とする。

左胸の赤刺繍文字西郷派
道衣右横の大東流
道衣上衣の背中部の背縫二重織 西郷派大東流の戦闘馬印・四ツ菱マークのラベル

 道衣の着用については、我が流が指定する道衣は、掴む、握る、掴んだ後に捻(ねじ)(捩じる)等の繰り返しで磨耗(まもう)し、破れ易い薄手の柔道衣や空手衣は禁止し、厚手の二重織の「刺子道衣」を武術衣としている。薄手の柔道衣を禁止する理由は、掴む、握る、押さえる、捻る、引く、擦る、受身をする等の動作に対し、破れ易いと言う事であり、これは自身の躰を傷めるからである。

 大東流は、一部の愛好者の唱える仮説によって、長い間、「素肌武道」であると信じられてきた。素肌武道とは、戦国期に於いても鎧・甲冑を着けず、平時の平服で過ごし、直接素肌に触れあう武道であると云う意味からこの言葉が用いられたのであるが、この説は殆ど信憑性がなく、実際に「掴み捕り」等の掛業(かけわざ)を行ってみると、この武術は明らかに素肌のみの手頸(てくび)やその他の部位だけを攻める技でない事が分かる。一部の愛好者が自称する素肌武道の説は明らかに幻想に過ぎない。

 したがって、わが西郷派大東流では、接近戦での戦闘をマスターし、合気武術を修行して、合気を会得する為に日々精進を重ねていくには、これまでの薄手の柔道衣や空手衣全般(「掴み捕り」の稽古を繰り返し反復すると、この道衣は縫い目から破れ始める)を禁止し、「刺子道衣」をもって、正しく稽古が出来るように、近年、接近戦にも有効な「刺子道衣」の採用を決定している。

 空手衣を禁止している理由は、薄手の柔道衣と同じく、以上の繰り返し動作の反復で、直ぐに破れてしまい、この手の道衣はその上、上衣丈が短い為に、組打格闘や寝業ねわざ/寝業に持ち込んだ後、固める)や絞業しめわざ/絞業に持ち込んだ後、極める)の稽古には、道衣自体が上に移動して乱れてしまう為、稽古を連続させる事ができない。
 また、剣道着も居合道着も同じであり、第一に破れ易い欠点を持っているからである。破れ易いものを用いての稽古は不経済であり、末長い稽古を成就させる為にも、やはり我が流の指定する道衣を着用して、日々稽古に精進する事が、本当の修行者の姿である。


2.袴を着用した場合
 
わが流が指定する武術衣に袴を着用する場合は、「紺色地」の独特の「合気袴」を着用する。
 【註】わが流では、袴を着用する場合、剣道用の藍染袴や、その他の剣道袴、テトロンの黒袴等は禁止している。理由は膝行・膝退・膝側等の坐業(すわりわざ)の動きに不向きであり、また一般の袴は、我が流で行う「坐法」の動きに適するように作られていないからである。そして御式内作法を行う為、袴の色は、格調高く、「紺色地」の合気袴を着用することを袴着用者に義務付けている。

 この合気袴は、一般の剣道袴や居合袴や剣舞袴等と異なり、まず、「坐法」(ざほう)等の坐業の稽古にも適し、西郷派大東流の殿中作法である、膝行、膝退、膝側の諸動作にも、膝部の磨耗等の損傷を出来るだけ小さくし、膝で左右前後を進退する稽古にも適している。

 しかし剣道袴や居合袴や剣舞袴は、坐法に適するように作られていない為、膝行等の動作で直ぐに膝部が破れてしまい、非常に不経済である。
 したがって我が流は、我が流独自の合気袴を用いるようにしている。

 またこの合気袴の帯部には、「芯」が入り、黒帯等と同様に切り返しの縫い目が施されて厚手になっており、剣道袴やその他の袴とは異なった特性を持っている。
 普通、剣道の稽古の場合、殿中作法の基本である膝行、膝退、膝側の諸動作はない。しかし西郷派大東流は殿中作法の「御式内」を母体にしているので、その諸動作の根元には殿中作法が取り入れられ、この作法を実践するには、どうしても坐業の基本である坐法の動きが必要となる。こうした坐法の激しい動きにも耐えられるように開発したのが「合気袴」であり、西郷派大東流合気武術の特異な稽古衣となっている。

 合気袴を着用する事は、一つには、有段者の足の形や、足運びを隠す為であり、これを曝(さら)すと云う事は、つまり秘伝を曝すと云う事になり、こうした秘密は、秘密にしておかなければその保持は出来ず、したがって高度な儀法を修行する有段者には、足の形や足運び等を隠す為に、我が流は袴を義務付けるのである。

 世間一般での武術や武道の愛好者は、こうした武術の重要性に極めて疎(うと)く、これを単に、スポーツにおけるユニホームくらいにしか思っておらず、安易に見逃しているが、袴の着用を許されたと云う事は、またその後も、高度な儀法を修得する事を許されたということである。
 儀法における高級儀法は、下半身に重要な秘密があり、足の向きや形、それに足運びや腰を鎮める西郷派大東流独特の「弓身之足」等の秘伝があり、これは黒帯以上でなければ、我が流は指導しない事になっている。

合気袴着用の前姿。我が流では、第三級以上の者は、袴の上に帯をする。 合気袴着用の後姿。帯は袴の腰板の下に通し、これを結ぶ。

合気袴の腰板の部分。紺色地袴の腰板の部分には、我が流の馬印を模した戦闘四ツ菱が入る。

 西郷派大東流合気武術の袴の着用は、わが流では、本来ならば黒帯以上に許されるもので、この資格の無い者は許されないのであるが、袴の畳み方や、諸作法を早期に伝授する為に、特別に、希望があれば第参級をもって袴の着用を許している。その理由は、昨今は正しく袴を畳める者が少なくなり、こうした日本特有の道衣等の着衣を正しく畳むという日頃の心掛けを明確にする為に、黒帯に限らず、第参級になった時点で袴の着用を許している。
 衣服や自らの着物を「畳む」という行為は、礼法の一旦であり、これが出来て、はじめてその人は真の修行を精進していると云う事になるのである。


【袴の畳み方について】

袴の畳み方1. 前襞(ひだ)を揃える。

袴の畳み方2. 後襞を揃える。

袴の畳み方3. (まち)を手前に寄せる。

袴の畳み方4.

袴の畳み方5.

袴の畳み方6. 両脇を折り込む。

袴の畳み方7. 裾から1/3を折り込む。

袴の畳み方8.

袴の畳み方9.

袴の畳み方10.

袴の畳み方11.

袴の畳み方12.

袴の畳み方13.

袴の畳み方14.

袴の畳み方15.

袴の畳み方16.

袴の畳み方17.

袴の畳み方18.

袴の畳み方19.

袴の畳み方20.

袴の畳み方21.

袴の畳み方22.

袴の畳み方23.

袴の畳み方24.

袴の畳み方25.

袴の畳み方26.

袴の畳み方27.

袴の畳み方28. 終了。


3.袴を着用しない場合
 武術衣に袴を着用しない場合は、道衣のズボンに上衣を着用しア、その上に帯を締める。西郷派大東流合気武術の用いる稽古衣と、他の武道が用いる道衣とは、その稽古と戦闘思想が異なる為に、単に各種目の範囲で幅の狭い稽古をするのではない。武術そのものを総合的に捉え、これを修練するのである。

袴を着用しない場合
西郷派大東流指定の黒帯

 特に道衣は、そのいずれかの部分を「掴み」「捕らえる」と言う事(西郷派大東流では、これを「掴み捕り」という)は、護身上もっとも有効な方法であり、「掴み捻る」「掴み投げる」「掴み倒す」「掴み押さえる」「掴み飛ばす」「掴み抱える」「掴み固める」と言う目的の為に道衣を掴み、また「引き倒す」「引き放す」「引き違える」等の接近戦における戦闘行動が取られ、一般に掴む事の少ない空手や剣道等とは、道衣の持つ目的がその戦闘方法において異なっているのである。相手の襟首や前襟を掴む為には、その部分の仕様もある程度頑丈でなければならず、道衣の上衣にはこうした接近戦闘に於いても修練できるように配慮されて作られている。

 また、わが流の道衣のズボンについては、膝部に膝当布が着けられていて、当身の膝蹴りで蹴る場合や、低い姿勢での戦闘に於いて坐法等を行なう場合に出来るだけ磨耗が少ないように考えられている。

 袴を着用しないで道衣上下のみの場合は、道衣の上衣の上に帯をし、前の襟口等が乱れないようにして正しく着用する事が好ましい。また帯を締める場合も、帯は我が流指定の帯を締める事が好ましい。

 昨今は道衣に対して、スポーツもユニフォームくらいにしか考えていない安易な意識が広がっている。しかし、武術における道衣の概念は、単にトレーニングの為の運動着ではない。
 道衣の持つ概念は、身を律し、道を求める者が修行着として着る道衣は、スポーツにおけるお揃いのユニフォームや運動着とは異なり、これは明らかに聖衣としての意味合いを持ち、「道場」という神聖な聖域で行う人間修行の稽古衣であり、これは単にユニフォームと異なっている事は容易に理解できるであろう。

 道衣の持つ概念は、各々種々の武技でその着衣する物が異なるが、西郷派大東流合気武術では、「武術」を総合的に捉え、これは武術百般に応用する為に厚手の「刺子道衣」を用いるのである。