夫婦アルカリ論 1

食養家・石塚左玄(明治の陸軍薬剤監)

●自然の形から学ぶ

 明治の食養研究家・石塚左玄は天然自然から、食を通じて学ぶことを教えた。
 例えば、「自然界にいる動物は、それぞれに定まった、人間の手の加わらない食餌をして健康である。これは自分に与えられた食餌の何らるかを知っているからである」という。
 ところが人間の摂る食餌は、その種類や範囲は広く、更に人工的に加工されているという。

 その理由として、人間は、地震や旱魃
(かんばつ)、洪水などの天災に遭遇したり、凶作で飢饉になったりしたことから、野山や海川の動植物を採り、あるいは探し回り、普段は食べないものでも煮たり焼いたりの調理法を用いて口に入れて来た。
 そしてこうしたことは、数千年も前から繰り返され、食に範囲を拡げて来た。

 今日ではその食物の種類は数千数万に及び、それが健康に寄与するか否かを、殆ど疑いも持たず口にしている。更に益々加工法と調理法が枝別れし、いつしか食養の本来の道が忘れ去られ、その反動として食が起因として病気が蔓延るようになった。
 野生の動物は、人間の手の加わらない自然食を口にしているので、病気も少ないが、万物の霊長である人間は、食物に範囲を増やした分だけ病気も多くなったと指摘している。

 また、動物の「歯」を挙げ、人類はその歯型から
「穀食動物」であるとしている。
 更に肉食動物と草食動物の違いを挙げ、歯や顎の形を挙げている。肉食動物は歯型が鋸切歯であり、先が尖
(とが)って下顎が、横や斜に動かない。この仕組は、固い骨や肉を噛み下すのに適していて、草類や穀物類には適していない。
 一方、草食動物の歯は、平歯で、隙間なく生え揃っており、その表面には平らで波のような紋があり、下顎は横や斜に動く。これは草類を噛み潰すには適しているが、動物の肉を食べるような仕組みにはなっていない。

 人類の歯の構成から云うと、一番多いのは臼歯であり、隙間なく並んでいる。下顎は前後左右に動く。臼歯の構造は、縁が高く、中が窪
(くぼ)んでいる。これはいわゆる菊座形であり、上下の歯を噛み合わせると、中に、大小の様々な粒状の空間が出来る。これは穀類の粒を噛みこなすに適した自然の形である。

 次に石塚左玄は、『易』に「頤
(おとがい)は貞(ただ)しければ吉とは、正を養えば吉なり」を挙げ、自然の法則に従うことが健康を保てると論じたのである。そして人間の顎の特性こそ、他の動物とは異なった特色と機能を持っているとしたのである。

 次に人間は、何を食べる動物であるかを、歯型と顎の機能から説明したのである。

 人類に一番最適な食物は何かと論ずる前に、食養の入口である歯型と顎の形とその機能に注目し、下顎の運動の有無や多少に基づいて、それに随い食物の種類を決めなければならない。また、食物の化学的な成分と比率は、人間やその他の動物の分泌する乳汁
(母乳)の成分を目安にする。
 その上で、その人が棲
(す)んでいる土地の環境や気候、更には人種により、その土地に一番近い所で育った植物を食べる。これが石塚左玄にすれば「身土不二(しんどふじ)」の食思想であった。
 これについて石塚左玄は、その人の棲む土地が海に近い所であるか、遠い所であるか、暑い季節が長いか、寒い季節が長いか、山地であるか平地であるか、その人の年齢、男女の別、健康か病弱かなどの、いろいろな要素を考え合わせて正しい食の摂り方をしなければならないとしている。



●穀物菜食からの教訓

 人類は穀物菜食が最良である。この事は、人間の歯型と顎の形で判断がつく。穀類は口に中で臼歯によって細かくこなされ、唾液に混ぜられて、これにより若干の化学変化が起る。既に口の中で消化作用の第一段階が始まっているのである。唾液こそ、消化の為の消化液なのである。

 次に胃に送られ、更に化学的変化が起り、腸に送られて消化吸収されるのである。その成分は、有機質・無機質ともに配合の比率もよく、身体を養うのに適しているので、古今東西を問わず、穀類は用いられて来た。穀類こそ、必須の主食なのである。
 また穀類一種だけで、身体を養うには充分であり、古来よりその用い方は、国々の位置と気候に委ねられてきた。

 そして、穀類を摂取しながら、更になぜ副食が必要なのか、石塚左玄は次のように挙げている。
 それは、次ぎのような場合に必要であると云う。
 例えばこれまで米を食べて来た国民がパン食に変わったという場合、その国土や気候に適さない穀物食にするとか、本来は玄米として食べるべきなのに、搗
(つ)いて白米にして食べるなどの、天然の成分を壊して穀物を食べるとか、あるいは穀物が量的に不足するので、その代用として、芋類とか、魚・肉類などを食べる場合には、食事内容と成分の比率が違って来るので、その補いとして、カリ塩の多い豆類・野菜類・果物類などを摂取する。
 これは玄米を精白して、精白米にした時、味が淡白になり、それを補おうとして動蛋白が欲しくなる食本能によるものである。しかし、動蛋白の過剰摂取は健康を損なう元凶となる。

 また、穀物の主食が不足する場合、塩辛い植物性食品や、ナトロン塩の多い魚や鳥獣の肉や卵のような、塩分の薄い動物性食品を少量摂るようにする。但し、これはその人が棲んでいる土地や気候により、また季節により、成分比率の調整を行わねばならない。

 例えば、寒冷地にいるとか、寒い季節に植物性食品を多く摂る摂るは、天然塩と胡麻油などの植物性油で味付けし、温暖の地とか暑い季節に魚肉などの食品を摂る時は、塩と油の量を少なめにして用いる。
 雑食法でも、それに含まれているカリ塩とナトロン塩の
「夫婦アルカリ」の差数のバランスがとれていれば、病気にはならないものである。



●夫婦アルカリ論

 ここで言う「夫婦アルカリ」とは、食物の化学的な成分の中の無機塩類やミネラルが様々にある中の、ナトリウムとカリウムに石塚左玄は着目し、これを「夫婦アルカリ」と名付けたのである。
 つまり「夫婦」とは、「陰陽で一組」とする考え方で、食物の性質を決定する為の大きな役目を果たしている。これは明治期の流行であった蛋白質、脂肪、炭水化物の三大栄養素の比率を問題にするドイツ流の栄養学に対して、石塚左玄の提唱は「ミネラル栄養学」というものであった。
 ミネラルには他に、マグネシウム、カルシウムなどの元素が数多く含まれているのであるが、石塚左玄はその代表として、カリウムとナトリウムに注目したのである。

 また、「差数」とは、「夫婦二塩」のアルカリの差数をいうのであって、その差数が「近い」とか「遠い」とか、「差数のバランスが良い」という表現をしている。
 それぞれの食品の中には「カリ」と「ナトロン」との成分比率が、例えば玄米ではカリとナトロンとの比率は5対1であり、カリの百分中、0.2でナトロンは0.04である。この数値から、0.2−0.04=0.16という数値が得られる。この数値が「差数」なのである。

品 目
灰分中のナトロン
灰分中のカリ割合量
百分中のカリ量
百分中のナトロン量
(たら)
1
0.38
0.22
0.59
昆 布
1
0.67
0.37
0.55
鶏 卵
1
0.76
0.16
0.21
(すずき)
1
1.14
0.21
0.19
蕎麦(そば)
1.67
───
───
白 米
1.91
0.21
0.11
(河川の)
1
2.44
0.80
0.27
牛 肉
1
3.38
───
───
大 根
3.40
0.51
0.15
きゅうり
4.00
0.24
0.06
人 参
4.04
1.43
0.35
牛 乳
4.25
0.17
0.04
か ぶ
4.66
0.28
0.06
な す
4.75
1.90
0.40
玄 米
5.00
0.20
0.04
あ わ
5.75
0.23
0.04
な し
6.66
0.20
0.03
餅 米
7.00
0.21
0.03
大 麦
8.75
0.56
0.06
さつまいも
8.75
0.35
0.04
小 麦
9.36
───
───
ね ぎ
14.03
0.25
0.02
松 茸
15.00
0.30
0.02
竹の子
15.00
0.45
0.03
赤小豆
16.43
1.15
0.07
えんどう
28.64
1.07
0.23
大 豆
42.00
1.26
0.03
食品に含まれている「夫婦アルカリ」の割合。
【註】魚・鳥・獣などの肉に含まれる無機塩類の化学分析は、現在詳しく行われたものは極めて少ない為に、カリ塩とナトロン塩の差数量を知る事はできない。以上は、医学博士・江口襄著『飲食品分析表』による。

 これと同じように、大豆の場合は42対1で、1.26−0.03=1.23という数値が得られる。したがって玄米と大豆とでは、比の数字が5と42で、両者のミネラルの差数は0.16と1.23で、大豆は「差数が遠い」つまり、今日のマクロビオティックの言葉で云う「より陰性な食品」であり、玄米は大豆に比べると差数は近いが、決して近過ぎることもなく、中庸(ちゅうよう)の釣り合いを得ている食品であるということになる。

 人間は肉と野菜の両方を食べて栄養を摂らなくてはならないと、現代栄養学は食指導しているが、これについては確かな根拠はない。にもかかわらず、双方をバランスよく摂るということが一般に信じられている。また、こうした考えは人間が大自然によって造られたと云うことを無視する考え方である。

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