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古人の叡智が集約する護身武術

■ 平成22年5月2日・曽川千歳『道場葬』告別式 ■

 

写真は滋賀県大津市の瀬田を去る前年の、平成12年の夏頃の写真(当時44歳)

●『道場葬』告別式

 平成22年5月2日午後1時より、総本部尚道館において、宗家夫人千歳様の告別式が、西郷派大東流の『道場葬』として、しめやかに執り行われました。
 本道場葬には、各支部の門人並びに門人の父母、あるいは、わが流の関係者各位が参列されました。大変有り難いことだと思っております。
 この度の道場葬に弔問をいただきました方々に深く感謝申し上げますと共に、これからも変わらぬご指導とご厚誼をお願い申し上げます。

 

平成22年 5月7日
 

西郷派大東流 有段者会会長 福島維規

 

●『挽歌』

『道場葬』告別式に東京都足立区の宮本啓一様より、素晴らしい格調高い『挽歌』が贈られました。

 

●告別式への御礼

 わが妻千歳が、昨年の十月より突然の肢体不自由に見舞われ、それ以降、大学病院等を転々と致しましたが病因も解らず、また看病の甲斐もなく、五十五年の人生を閉じました。現代の難病という、薬の副作用から起る横紋筋融解症?の疑いで、55歳と二ヶ月で他界しました。

 平成22年5月2日に『道場葬』として妻の告別式と、『妻を偲ぶ夕べ』を執り行いました。そして、ご多忙中にもかかわらず、わが門人各位ならびに、わが流にちなむ関係者各位がお集まり頂いたことに深く感謝申し上げます。

 さて、北九州を振り出しに、妻と倶に各地を転々としました。千葉県習志野の地では、平成二年九月より約1年半。また愛知県豊橋市では4ヶ月。更に滋賀県大津市瀬田の地では、平成四年より、約9年間お世話になり、当時、この地では「個人教伝」や「講習会」に来られる方も大勢おられ、今としては、当時、家内が御来訪の方々のお世話をするために忙しく買物などに飛び回って居た事が懷かしく思い出されます。
 大津市瀬田より、再び北九州市の地に戻って、はや9年が過ぎました。そしてこの地で家内は、最後、人間の生・老・病・死の四期を辿り、ついに還らぬ人となりました。

 御多忙中、遠方より告別式に参加された皆様方に心より厚く御礼申し上げます。
 また各支部の門下生の皆様にも、手厚くして頂きましたことを感謝申し上げます。
 本告別式のために、裏方として葬儀に御協力して頂いた道場生並びに関係者各位にも厚く御礼申し上げます。

 

平成22年 5月7日
 

 
西郷派大東流合気武術宗家 曽川和翁

 

 

●門人ならびに道場関係者よりの弔問

 門人ならびに道場関係者より次の弔問をいただきました。(順序不同、また一部注釈をつけさせて頂きました)

曽川宗家。 誠に残念なことで、深くお悔やみ申し上げます。
 お体大切に、お子様と門下生のために、長生きで元気にお暮らし下さい。陰ながら喪に服します。
 宗家、奥様を亡くしたことは痛恨の極みですが、元気な息子さんとお嬢さんがおり門弟が居ますので、どうかご自愛の上いつまでも長生きして下さい。(東京都 宮本啓一)
 

何年か前の夏季合宿セミナーの際には、まだお元気で、我々参加者のお世話をしていただいた奥様が、あまりにも突然と言うか、お亡くなりになったことが、未だに信じることが出来ません。
 合宿セミナーや講習会には、いつも笑顔で我々を玄関で出迎えてくれたことが、今でも忘れられません。美しい笑顔の奥様でした。心から、ご冥福をお祈りいたします。(大阪府門人 井上)
 

ご訃報に接し、心から哀悼の意を表します。安らかにご永眠されますようお祈りいたします。平成22年5月2日(滋賀県草津市(株)拓伸社長 山本衝嗣)
 

合宿や各講習会の度に、道場生の裏方を勤められ、奔走してくださったことを有り難く感謝しております。宗家先生と共にご苦労の半生だったと思います。どうか安らかにご永眠されるようお祈り申し上げます。(習志野綱武館館長 岡谷信彦 他道場生一同)
 

心よりおくやみ申し上げます。告別式には参列できず申しわけありません。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。(茨城支部長・道場長 桑原清治 他道場生一同)
 

御令閨の悲しい知らせを受け取りました。
 先生(曽川宗家のこと)の波乱と苦難に満ちた人生を歩まれた御令閨にいかばかりかの安らぎがあったとすれば肢体不自由になったときの先生の厚い介護だったのではないでしょうか。
 大津時代の笑顔を見て人生のはかなさを思わずにはいられません。
 今思えば本年一月末北九州空港に降り立ち田川郡香春町にある友人の墓参りに行き英彦山に登った際、尚道館のことが頭をよぎりましたが日程の都合で立ち寄れなかったことを悔んでおります。
 先生も身中に爆弾(曽川宗家自身末期ガン患者として闘病生活を送っている)を抱える身どうかお身体ご自愛下さりますようお願いいたします。
 御令閨のご冥福を心より祈っております。平成22年4月29日(栃木県 佐藤公彦)
 

この度の奥様のことお聞きいたし大変驚いております。宗家先生の胸中を考えますと微力ながら私に何かできることはないかと考えております。奥様のご冥福をお祈りいたします。重ねて、宗家先生ご自身のお身体もご自愛くださいますよう、お願い申し上げます。(総本部尚道館門人 安永基宏)
 

尚道館だけではなく、大津時代から、個人教伝でよく宗家先生宅にお邪魔させて頂きました。
 当時のことをお話しますと、奥様はBSでアメリカン大リーグを見るのが大好きでした。私がお伺いする度に、台所で、お食事の準備を手伝わせて頂く際、奥様とお話させて頂く機会がありました。すると奥様は、アメリカン大リーグの話に熱を入れられ、雄弁に話すのを、何とも不思議な気持ちで拝聴したことがあります。
 「筒井さん、あなたがもしキャッチャーだとして、大リーガーの巨漢の、プロフットボールかプロレスラーのような選手が、三塁からバックホームで突進してきたら、それをアウトに出来ますか?」が、奥様の私に投げかけた質問でした。今でもそのことをよく覚えます。そしてそれが私の以後の人生の課題になりました。
 果たして「自分の腕では?……」と、夜も昼も考えたことがあります。突進する巨漢の選手に、簡単に吹っ飛ばされるでしょうが、それでも腕を磨いて……などと考え、武道の技でアウトに出来ないものか……などと、それをよく考え続けたものでした。しかしその奥様が、私の答えを聞くこともなく、他界されてしまいました。本当に残念でなりません。
 心より、奥様のご冥福をお祈り申し上げます。(京都府在住の個人教伝門人・関口流柔術師範 料理人・筒井次郎)
 

この度は奥様が大変なことになられ、何と言っていいか言葉もありません。私も昨年7月に個人教伝でお会いしていたので、大変驚いております。謹んで哀悼の意を表します。(兵庫県門人 原越)
 

奥様の訃報に驚いている次第です。昨年の二月には、大阪ABC放送よりテレビ番組の録画で、大阪の若手芸人達のお世話をしておりました奥様が、あまりにも早くお亡くなりになったことが今でも信じられません。親身に、彼等を元気にお世話している姿は、傍から見ていて頭の下がる思いでした。また当時の放送されたテレビに、奥様の階段を上がる姿が映っておりましたが、その奥様がと思うと、誠に残念でなりません。
 どうか、安らかにご永眠下さい。(鹿児島県門人 萱野実)
 

曽川宗家先生、先日、5月2日の告別式には出席できず申し訳ありませんでした。遅くなりましたが、千歳様の御霊前にお供えいただきたくお願い申し上げます。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。(茨城支部道場 冨田悦男)
 

千歳様の突然の訃報に接し驚き言葉を失っております。年月を経ましたが、目を閉じると、合宿等修行に参加させて頂いた折には、お世話して下さった姿が浮かび、未だに信じられない気持ちです。
 宗家先生はじめ御遺族の皆様もお力をお落としになりませぬ様、御自愛下さい。本来であればお伺いしなければいけなかったところですが、やむを得ない事情によりお伺いすることが出来ませんでした。誠に申し訳ありません。 心よりお悔やみ申し上げますと共に、私も遠方より御冥福をお祈りいたしたいと思います。心ばかりのものを同封いたします。どうか御霊前にお供え下さい。
 略儀ながら書中にてお悔やみ申し上げます。
(大阪府枚方市門人 藤木義員)
 

遅ればせながら奥様の訃報及び道場葬の通知を拝見しました。
 お具合が芳しくない旨は伺っておりましたが、突然のことに驚いております。 奥様には、合宿などの際にいつも笑顔で迎えて頂き、裏方から支えて頂いておりました。食器類などの後片付けを一緒にさせて頂いたことを思い出します。
 ここに改めて奥様に感謝申し上げると共に、衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(中国広州市門人 山口泰弘)
 

この度に突然の訃報、ただただ驚くばかりです。
 今思えば、滋賀県大津市瀬田から北九州小倉に移転された後も、宗家先生の元には度々お伺いさせていただきました。その時、いつも玄関で迎えてくれたのが奥様でした。にこやかな笑顔はとても印象的で、今でも忘れることが出来ません。
 この奥様にして、この宗家先生ありという気が致しました。ただただ残念であります。奥様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(高崎市門人 福原幸一)
 

おくさまの ごせいきょをちゅうしんから おくやみもうしあげます

 

2010年5月6日
 

 
西郷派大東流 韓國

 SEOUL總支部

 呉 東善
 金 仁天

 雀 尚洙
 李 侑俊

 

曽川宗家先生、この度はまったく言葉がございません。
 奥様の訃告の報に、驚きを禁じえません。
 武の道を学ぶために尚道館を訪問したときは、いつも笑顔で迎えていただいた奥様が亡くなられたなんて今でも信じられません。
 日本では宗家先生の教えをたくさん学び、また奥様のおいしいお料理をいただいて幸せだった日本での修行でしたが。
 ぜひ安らかに永眠されますようお祈りすると共に、宗家先生も常にお体のお気をつけて長生きをされ、われわれに武の道をお教えいただきますよう宜しくお願い申し上げます。(西郷派大東流・韓国SEOUL總支部門人 SEOULより 鄭湲錫)
 

奥様の突然の訃報、悲しみにたえません。心よりお悔やみ申し上げます。いつも宗家先生宅をお伺いさせていただいた際、奥様が笑顔で迎えてくれたことが、今でも忘れられません。いつもにこやかに微笑を湛えられている奥様でした。奥様の笑顔に、どれだけ勇気を頂いたことやら。しかし、残念です。残念の一言に尽きます。
 衷心より奥様のご冥福をお祈り申し上げます。
(広島県門人 鈴木陽一)
 

奥様の訃報の報せを拝見しました。悲しい限りです。心よりご冥福をお祈りいたします。2010.5.12(大韓民国大邱門人  金 明進)


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