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西郷派大東流と武士道
細川忠興が丹後の宮津を領していた頃、家臣の松井佐渡は、宮本無二斎の門人であった。関ヶ原の合戦後、細川家は小倉に移封された。松井佐渡は長岡と姓を改め、細川藩の家老になった。
 巌流島で武蔵が試合をするとき、武蔵の為に便宜を計ったのは、無二斎との師弟関係によるものといわれる。(写真は小倉城。H21.4.5)

■ 「武道」でなく「武術」の語を用いるわけ ■
(「ぶどう」でなく「ぶじゅつ」のごをもちいるわけ)

●極意すなわち秘伝

 さて、「秘伝」とは如何なるものか。
 この問に、時代を超えた「強さ」の秘密が隠されている。
 一般に「武道の極意」 といえば、何か神妙なものという風に感じる人もあろうが、極意は決して神妙なものではない。とは言っても、それほど単純でもない。

 極意は、伝承の一つとして定義されれば、秘伝と言うことになろうが、一般に言う秘伝と、此処で言う「秘伝」とは、大きな隔たりを持つ。武道愛好者が掲げる秘伝は、それを神秘化し、神妙化し、複雑化する嫌いがあるが、此処で言う「秘伝」は、そうした“神霊”に絡んだものではない。また、神や仏に頼るものでもない。

 一般に、秘伝などと言うと、此処に“神”を持ち出し、“霊”を持ち出す出すことが多い。そのよき例が、仏道の不動明王であり、あるいは毘沙門天(びしゃもんてん)や摩利支天(まりしてん)らである。しかしこうした仏達は、軍神の象徴として祈念の対象であって、そこから神霊が降臨することではない。
 この分類が明瞭でないと、「秘伝愛好者」の言論に乗せられ、そして複雑化され、煙に捲かれる。こうした秘伝は、商売上の秘伝であり、わが西郷派が言う「秘伝」ではない。

 ちなみに、ある大東流の指導者が主催する講習会は、一回講習料が1万円で、そこに100人以上の講習生が押しかけると言うが、この指導者の手元には、一回につき100万円以上の講習料が手に入る。これを毎月ある武道館で遣っているのだから、この指導者は、月給が百万円以上の純利益が手に入り、武道館時間貸しきり料金を払っても僅かなもので、実は笑いが止まらないであろう。そしてこの指導者の言う、秘伝とは、先の述べた“神霊”に絡んだものだった。

 また、「気だ」の、「神の手だ」のと、神霊を持ち出せば、さも、尤もらしい神秘的な秘伝にはなるであろうが、「秘伝」に言う極意は、決してこうしたものではない。
 武術で言う極意は、武道で言う神秘ではない。武術の「術」で言う極意は、“精神上の極意” であり、“儀法上の極意”である。これは多種多様にわたるが、これを「一(いつ)」にして、帰納統一することが、則(すなわ)「極意」であり、「秘伝」である。此処に“神霊”の入り込む余地はない。あるとすれば「秘伝」を会得する為の、“地道な日々の稽古”であろう。あるいは狂人扱いされるほどの、孤独な一人稽古であろう。

 日々の地道な稽古を重ねれば、必ずそこに「秘伝」に通ずる“兆(きざ)し”が見えてくる。この兆しを通じて体得したものが、則ち「極意」であり、「秘伝」である。
 これは「一」に集約され、凝集されたからである。こうして帰納され、集約されたものを統一の原理に遵(したが)い、演繹(えんえき)し、拡大することも極意であり、これが応用であり、これこそ「秘伝の秘伝たる所以(ゆえん)」である。

 つまり「秘伝」の教えることは、神妙でもなく、神秘でもなく、また神霊に絡んだものでもなく、「秘伝」と言う極意を体得すれば、この運用は、一心にして存在すると同時に、この一心一芸は、万芸にも通ずると言う応用範囲を拡大させることである。これは「千変万化」に変化することを意味する。

 元来武術と言うものは、多種多様であるが、勝負に当たっては「二つの術」を同時に遣(つか)うことはできない。幾ら巧妙な技を幾通りに覚えても、これを同時に二つ以上遣うことは出来ない。必ず「一つの術」に集約され、これ以上遣うことができない。そして儀法は「一つ」であるのだから、一点に渾身(こんしん)の力を凝縮させて、そこに総てを注ぎ込まなければならない。出し惜しみしてはならない。全力疾走が肝心である。此処に力の集中が為されたとき、精妙な儀法が発現する。これが則(すなわ)ち、「秘伝」であり、極意の妙儀(みょうぎ)と言えよう。

 一方、儀法は千変万化に変化するのであるから、これに対処すべき心得も必要である。対処すべきは「変化する」ということであり、これを知ることも「秘伝」と言うことになる。千変万化の「変化道」を知り、“千変の術”を、「万化の運用」によって、帰納することである。
 「万変の運用」を会得する為には、万術を「演繹(えんえき)する道」を心得ておかねばならない。
 つまり「秘伝」という極意を知り得るには、帰納を統一させ、しかもそこから変化する演繹の応用に至って、秘伝は秘伝になる得るのである。

 これは例えれば、戦場における“実戦”と、室内に固執した“道場試合”との違いであろう。道場試合が得意な者でも、戦場に出て、必ず勝者になり得るとは限らない。これは先の大戦でも、証明されている。太平洋戦争当時、柔剣道の猛者たちが、戦場に赴き、そこで戦った。しかし柔剣道の高段者でも、道場での室内稽古しかしたことのないものは、野稽古や野試合の経験がある者に比べて劣っていたと言う。

 室内での稽古や試合は、あくまで「兵法の公式」を展開させるところである。したがって、この公式が戦場において、公式通りには行かないのは当然である。室内で極めた公式が、戦場の展開に当てはめて、役に立つか否かは、この「術」を用いる者の心掛け次第と言うことになる。あるいは、心の持ちように回帰される。
 そこに「精神性」というものが存在しているからである。また「心法」も存在しよう。

 さて、欧米流スポーツのトレーニング形式を模倣した武道は、何度も繰り返すが、スピードと筋力の養成が中心であり、これは師から教わるというより、自らの努力と根性で筋肉を鍛え、スピードを養っていく為、持って生まれた天性の反射神経や運動神経が必要であり、修練の中心は“反復練習”がその大半を占めている。肉体力重視主義である。これは反復すれば強靭(きょうじん)になる特性を持つ。

 逆に武術の「秘伝」は、自らの努力と反復練習だけでは、如何ともし難い面がある。
 詳細な面を「口伝」という形式で、師より一つ一つ具体的に教えて貰わなければならないし、自分一人で難解な技に取組み、それを研究するという訳にはいかないのである。知らなければ、何も解らないとうのが「秘伝」である。そこに「請う」理由の一つがある。

 また、「秘伝」と称されるものの中には、先人の「智慧(ちえ)」が凝縮されており、長い年月をかけて完成したものであるから、絶対に「教わらなければ理解出来ない」構造になっている。此処に「秘術の妙」があり、先人の智慧と、武技の合理性が宿っているのである。
 また、武術で謂(い)う「秘伝」は、同時に多くの危険な業(=技)があり、これを伝授する場合、師は弟子の人間性を問題にする。これが「一子相伝」の由来である。これこそ、最も相応しい「適者生存」の理由による。

筈身投げ
筈身投げ。
 敵が吾が躰に触れた瞬間、転身して捌き取り、発気とともに投げ放つ技法。
このような高級技法も、口伝という形式で教わらなければ、真に会得することは不可能である。

 日本人は、常にその歴史の起源から、何事も情緒に動くという民族であり、感傷的になり易く、この事は力を正義と信じる欧米人に侮(あなど)られ易い一面を持っている。そして日本人の情緒感は、明治維新以降、外国人に旨く利用され、それによって歴史が作り換えられて来た。
 精神的にも、思想的にも欧米の、そのような世相誘導で歴史が築かれたのである。今日でもその延長上にある。何か一つの事がブームになると、誰でも一斉にそれに殺到し、収拾がつかなくなる事態を招いて来たという過去の実情を振り返れば、頷(うなづ)ける話であろう。

 昨今のゴルフ・ブームもそれであるし、また以前にも「ブルース・リーの映画」が巷間(こうかん)で爆発的に大ヒットした時、猫も杓子も、老いも若きも、空手道場や少林寺拳法の道院に詰め掛けた。何処の空手道場も、道院もこの時は、道場創立以来の空前の盛況となった。

 過去を振り返れば、ゴルフもボーリングも、総て大衆化し過ぎて駄目になり、本当の愛好者の手から離れて行った観がある。古武道や古武術と謂われたものも然(しか)りである。
 そして、いつの間にか、“本当のもの”を見落とす現実を招いた。しかし本物は、殊(こと)に、日本特有の家元制度、宗家制度は、流行の狂騒(きょうそう)状態を鎮(しず)め、競技人口、あるいはその修行者の数を適正数に保ち、更にこれ等の情報の反応を測定するシステムを有していた。

 秀吉が天上人に登り詰め、太閤となって大坂城に君臨した時、大茶会を催し、それが評判となって、武士から乞食まで、一万人もの群衆が詰めかけたという。こうなると茶道を真に愛好する者は茶道から離れ、それらの愛好者を再び呼び戻す為には、家元制度を発足させる以外手はなくなってくる。

 江戸期の剣術でも同じ事で、殊に幕末近くになると、百姓や町人が“道場通い”をはじめ、これが流行して大ブームになった。挙句の果てに、百姓や町人が二本指で武士を気取り、俄侍(にわか‐ざむらい)が誕生した。豪農や豪商の中には、武家の“家督”や“旗本の株”を金で買う者すら現われた。
 俄に、こうなると、柳生流をはじめとする、古来より伝承された由緒ある流派は、これらの町道場と対抗する為に、門弟を厳しく制限し、有能な人物のみにしか入門許可を許さなくなった。これが「格」である。つまり「格式」を言う。

 今風に謂えば、メンバーズ会員制度であり、差別化した訳である。向こうは大衆向きの同好会クラブだが、こちらは真の愛好者の為の会員制クラブであり、それだけに課される負担も責任も資格も、そして修行の程度も厳格で、更に技術も高度であるという事をはっきり宣言したのである。本来古流武術の良さは、此処にあるといってもよい。

 わが西郷派大東流の門弟制度も、これと等しい立場を取っている。選ばれた者が、あるいは厳格な審査に合格し、入門を許された者だけが修行する制度を取っている。
 したがって、此処にはじめて「奥伝」や「秘伝」の伝承形式が生まれ、秘密情報は「秘密」にするという、情報公開の不可が生まれたのである。

 今日は俄侍(にかわ‐ざむらい)が横行し、猫も杓子もそれなりのスポーツ経験、武道経験を持った者が少なくない。自称「武術研究家」の類(たぐい)も多く居て、一端(いっぱし)の武術談義をぶっている。しかし概ねは、一般的に大衆化された競技武道に手を染め、その事で総てを理解したように錯覚し、一端の武道家や武術家を自称する者が少なくないようだ。その為に、大きな誤りを冒している者も少なくない。

 その素人と、五十歩百歩の感覚で武術理論を述べ、豪語を奮う傍若無人な輩(やから)は、今日も後を断たない。彼等の持ち出す新説は、話を益々情報過多に陥れ、古武術界に混迷を蒔(まき)散らしている。昨今の古武術ブームの裏には、このような現実がある事を忘れてはならない。

 と、同時に、日本人の情緒的な先入観や固定観念は、一種独特の暗さ、殊(こと)に暗愚は流行を作り上げ、これに振り回されているという現実が少なくないようだ。
 先ず武術修行者は、単に筋力とウェイト・リフティング的な練習反復者に陥ること無く、「修行」という観点から、もう一度自分自身を見つめ直し、「武」の何たるかを考え、本当の意味での「秘伝」に触れる必要があるのではあるまいか。

●戈を止める本当の意味

 武術と言えば、何処となく野蛮を感じ、これを「人殺しの術」と称せば眉(まゆ)をしかめ、悍(おぞま)しい、泥臭い戦(いくさ)の為の兵法といった、表現をする近代武道家達を、一概に否定しない。

 だが、「人殺しの術」が、何故歴史に登場したか、その人を殺す為のメカニズムは、どのように構築されたか、また、この殺す事を前提に置いた死生観は何故、密教や古神道と結びついて、やがてそれが倫理観に発展していったか、これらの「論」を、そういう近代武道家と称する人達から一度も聞いた事がない。

 歴史は繰り返すという。もし、これが本当とすると、歴史は繰り返す事実があるからこそ、これを引き継ぐ次世代は古人の武術研究を愚弄(ぐろう)してはならない。しかし、歴史は繰り返さないだろう。歴史が繰り返すと言うのは、「考え方」によるところが多い。
 それは「考え方」というものが、その思考者の所属する国家や社会形態に依存されるからだ。そこに思想や思考形態が現れ、国民性や気候風土、伝統や宗教、習慣や感性などが作用して、それが文化の中に取り込まれていくのである。

 したがって思考形態が、未完成だとその思考のレベルの低いものになり、そこで表現される論理は「子供の喧嘩」のようなものになる。その最たるものが、「自分だけが正しく、あるいが自分の所属する流派だけが正統で、他は全て間違っている。邪道である。亜流である」という考え方である。

 今日、誤った武道論が展開されている。自称武術家達の、素人談義の会談の場が、またマイナーな武道雑誌の中で繰り広げられている。
 強い者、試合に勝った者だけが英雄として、罷(まか)り通るタレントの世界が展開されている。これは非常に残念な事である。

 また、これらのタレント指向が、次世代を自らの生き態(ざま)の感情の発露として利用する“悪しき体験主義”を裏で操り、スポーツ組織化の坩堝(るつぼ)に閉じ込めて、興行的な企てを目論んで、利権争いに奔走する輩(やから)が存在する事も併せて、残念といわねばならない。
 これは試合場が、かつては河原乞食(かわら‐こじき)といわれた芸能人のステージに替わり、試合が興行となり、試合に出場する武道選手が芸能人化した為である。

 これは大相撲の世界を見れば、一目瞭然であろう。大相撲は観客なしには成立しない。これはどちらかというと芸能の世界のものである。芸能界と“陸続き”である。論じられるのは、強弱であり、弱い力士は次々に淘汰され、弱くて客に人気のない力士は、この世界では終始、陽(ひ)の目は見られない。人格は問題にされず、強いか、弱いかだけが問題になる。

 したがって、こうした興行に左右される武技は、喩(たと)え、武道や武術を模倣していても、中味はタレントのそれであり、決して「戈を止める」というものではない。いわば娯楽の一種である。

 勉学するべき時機(とき)に勉学を怠り、無教養の儘(まま)、ハードな肉体的な反復トレーニングに明け暮れ、自らの肉体を酷使して「人間を知らない」「世の中を知らない」「歴史を知らない」そして教養が無いという近代スポーツ選手像の危惧(きぐ)は、半世紀程前の日本軍閥がやらかした、あの軍人特有の愚行や“人間的な片輪”に、何処か類似しているのではなかろうか。

 先の大戦の戦中・戦後を通じて、日本国民の上に降り懸かった悲劇は、実に「軍人の無教養」にあった。
 その結果、政治を誤り、外交を誤り、国を誤る結果を招いた。日本軍人の無教養な政策の選択肢が現実に惨状を招いたのは紛(まぎ)れもない事実であった。そして彼等は軍人でありながら、戦争すらも知らなかったのである。

 武術や武道観を、ただの肉体感覚で語るのではなく、理性や知性を以て「戈を止める」体験を語り継ぐ事は、教訓を学ぶという点で、歴史や伝統、文化や倫理に反映する筈であり、その反映を次世代の者は鏡としながら良質な部分の研究を怠ってはならないと考える。
 つまり貴族的な、上級武士的な立場に立って、真の奉仕精神を発揮し、高い教養の上に立脚しなければならないという事である。これが内外に亘る常識を備える事であり、武士道の持つ潔さを、広い視野と豊かな教養で体得して行かなければならないのである。

 おおよそ武術、あるいは兵法と謂(い)われるものは「人殺しの術」である。
 人を殺すのにはそれなりの道理があり、理屈があり、動機があって可然(しかるべき)である。殺伐とした強(こわ)持ての輩(やから)の専売特許ではないのである。また性格粗暴者の専売特許でもない。
 「人殺しの術」の、殺伐とした部分を取り除き、安全面だけをいいとこ取りしてスポーツ化し、ゲーム化して競う事は、人の生命を安易に弄(もてあそ)ぶ事であり、その思い上がりだけが傲慢(ごうまん)を究める事になる。武術を武道に言い改めた、武道の「道」こそ、欺瞞(ぎまん)に満ちているものであろう。それはそこに「道」など、何処にも存在しないからである。彼等の言う「道」は、精神性の伴わない「スポーツ化の道」でしかなかった。

 武術に於ける兵法の謂う「兵」とは、「凶器」であり、「詭道(きどう)であり、だからこそ、これを用いる事は高度な倫理的な判断が必要とされ、出来る事ならば、常に武術は「戈を止める」為にしか、用いるべきでないと考えるのである。


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