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西郷派大東流と武士道

■ 宇宙永遠なる武士道 ■
(うちゅうえいえんなるぶしどう)

 さて、人の死は、これでその人が居なくなる事ではない。人の死は、その人が「空」に至りて、寔(まこと)の生命に目覚め、燦然(さんぜん)たる一景を描くことにある。

 『ヨハネ伝』(第十二章24〜25)にはこのようにある。
 「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん。もし死なば、多くの実を結ぶべし。己が生命を愛する者は、これを失い、この世にてその生命を憎む者は、これを保ちて、永遠の生命に至るべし」と。

 この事は、寔に生き抜いた人はその死によって、広く、高く、燦然と生き続け、逆に生を全うせず、その寔をなし得なかった者は、また、その死も真当の死ではないと言っているのだ。だから永遠の生命(いのち)は約束されないのである。

 この事はキリスト教の、創世記の「予定説」にも告げられており、「神は、予(あらかじ)め、救われる人とそうでない人を選んだ」としている。之(これ)から察すると、神は平等に善人だけを選ぶのではなく、始めから選ばれているというのが、この「予定説」であり、明治初期の敬虔なクリスチャンであった偉大なキリスト者の内村鑑三ですら、この「予定説」は難解な問題であった。内村は、「予定説」について明確な答えが出せなかった。それはキリスト教が余りにも不公平であり、不平等であったからである。

 明治期、日本人は有識者や文化人を含めて、多くはキリスト教の飛びついた。しかし、こうした多くの人たちも、「予定説」は難解であり、これに的確な回答を出すことは出来なかった。何故ならば、キリスト教の「予定説」だけは敬虔(けいけん)なクリスチャンと雖(いえど)も、これを避けるくらいであったからだ。それは公平でなく、また平等でなかったからだ。
 しかし、この難解と思える「予定説」も、「一粒の麦」になりえれば、永遠の命が授かるのである。「予定説」は仏道で言う「逆因果律」になっているからである。「永遠」というテーマが、逆因果律で記され、これに苦悶するクリスチャンも少なくないようだ。

 では、永遠の命とは、何かということに迫ることにしよう。

 人間の人生において、確かなものは「今」である。「今、この一瞬」だけが確かなことであって、過去は過ぎ去りし抜け殻であり、また、未来は一秒先といえども、これを知る事は出来ない。
 したがって「今、この一瞬を真剣に生きる。この一瞬に総(すべ)てを賭(か)けて、それを死と引き替えに真剣勝負で日々を生きる」ということなるのだ。
 日々を真剣に生きる。死を以てその一瞬に当てる。一瞬一瞬を真剣勝負で生きるという事こそ、まさに死を超越する偉大な行為なのだ。

 では、死を以てその一瞬に当てるとは、どういう事なのだろうか。

 「今、この一瞬」という、「今」という次元・瞬間がある。この「今」を大事にすることであり、「今、この一瞬」を真剣勝負で生きることだ。「今」を大事にすることが出来れば、当然己自身を大事にして、尊ぶ事が出来る。しかし人間は案外、浅知恵で行動していることが少なくない。

 金や物やその他の財は大切にし、けちるが、己自身は粗末にしている場合が少なくない。己を大事にする、あるいは尊ぶという事は、自分を甘えさせ、楽をして難より易に向かわせることではない。己自身を厳しく鍛え、戒め、一日を一生の連続として、易より難へ向かわせ、「今の精進」を連続させることである。

 だが、今を精進させる人は少なく、己を甘えさせ、楽をさせ、人より割の良い仕事や、高給取りの仕事を探すことに懸命になり、とにかく楽をして割の良いものだけを選択する傾向にある。

 世の中で、たった一つの宝を蔑(ないがし)ろにして、単に表皮的な事象に囚(とら)われ、人から悪口を言われたり、中傷誹謗(ちゅうしょう‐ひぼう)されれば腹を立てるが、自分自身は案外と粗末にし、見逃しているのだ。そして「己とは何か」という、人生最大の課題について、何も探究しない。

 形有るものに眼を奪われ、車やマイホームを大ローンを組んで購入し、物財や取り巻は非常に大事にするが、その一方で不摂生を繰り返し、保健や衛生に気配りせず、酒食に溺れ、自ら美食家を自称してグルメに明け暮れ、自ら命を縮めている現実はどうしたことか。

 その上、今日の金融経済市場の個人投資家の参入によりマネーゲームで、楽をして大金を儲けたり、パチンコや競馬・競輪・競艇の小ギャンブルに現(うつつ)をぬかし、何とかして仕事をすまい、何とかして楽をしたい、何とかしてうまい物を食べたいと願っている。これは命を縮める愚行であり、今、この一瞬を真剣に生きていない証拠である。

 恐れ、迷い、怒り、悲しみ、妬み、恨み、不平、不満などは、単に一切の病気の根源になっているだけではない。こうした事は人生を一層不幸にし、事業を不振にして、不幸現象を招く要因となっている。

 己を大きく向上させ、躍進(やくしん)し、完成の道に至るには、まず、己自身を「空しくする」ことである。大自然に対して畏敬の念を持つことであり、「今、この一瞬」に総てを賭(か)けて、身を捧げることである。ここにこそ、真の幸福は存在する。堕落や怠慢からは、幸福は生まれないものである。

 己を尊ぶということは、同時に他人も尊ぶということであり、その尊敬の心を他人に及ぼしてこそ、全人格を代表する武士道精神は完成に至る。

 武士道とは、単に自他共栄の狭義の意味で捉える次元のものではない。あくまで広義の意味で捉え、自他共尊に至ってこそ、一如の絶対境地が出現する。捧げ尽くし、奉仕の限りを尽くして、己という存在がなくなったとき、一切が己となり、天地大自然が即ち己となる。

 ここに「自他一如」の絶対境があり、人の喜びが、即ち、わが喜びとなるのである。

 武士道とは全人に対しての奉仕であり、世と共に喜び、あるいは悲しみ、その総てを代表してこそ、小我は消えうせ、天地大自然と共に生きる不死永遠の絶対境に至るのである。また、ここに死を超越し、死を超剋(ちょうこく)する真当の境地があるのだ。

 では死生観を克服できなかった場合、どうなるか。

 そこには「憂い」が生じる。

 憂いの根源は「疑い」であり、人は疑うことによって恐れ、迷い、苦悩するのである。これは信念の欠如である。
 信念の欠如は病気を招き、病気を恐れ、憂い、長引かせる要因をつくる。したがって病気は重くなり、恢復(かいふく)不可能な苦悩の対象となる。

 また事業は憂いによって崩れ、農作物もこうした現実から、実りが悪くなる。悪人は、益々悪事を働き、一層狂暴化して、兇悪になり、各地で無差別犯罪が多発する。今日の犯罪が、過去に比べて低年齢化し、狂暴化し、兇悪化ていることは、信念を失った人間が益々増加していることを物語っている。世の中の不穏は、陽明学で言う人の「真心(まごころ)が薄れた為である。

 「信」において、欠陥があるのだ。信とは、「まごころ」からなる。陽明学では、自らのうちを「良知(りょうち)」に発現することを教えている。良知に発現することが「修己」となるのである。これこそ「事上磨錬(じじょう‐まれん)」の目標であり、「省察克知(さいさつ‐こくち)」の到達点となる。人は誰でも「良知」という素晴らしい心を持っている。そのこころが「まごころ」であり、「真心(まごころ)」と書き、あるいは「誠(まごころ)」と書き、これが「信」の正体である。そしてこれらが、総じて「知行合一」に繋(つな)がるのである。

 しかしながら人生は「信」からなっている。世の乱れは「信」の欠如である。
 これを修正し、元来の軌道を復元させるためには、「信」を取り戻すことである。悪人を善人に移行するには、唯一つ、「まごころ」を以て信ずることである。

 「まごころ」とは「寔(まこと)」であり、陽明学の言う「無善無悪説」である。
 悪人だから信じられぬというのは、今日の世の常識となっているようであるが、この常識は誤りであり、悪人だからこそ信ずるのである。信ずるから悪を働かないのである。そしてやがてその信は、動いて、「愛」となるのだ。この愛は、総(すべ)てを潤し、総てを充(み)たす。

 陽明学とは、明代の王陽明が唱えた儒学である。陽明は、最初朱子学の性即理説に対して心即理説を唱え、後に致良知説、晩年には無善無悪説を唱えた。
 朱子学が明代に入って形骸化したのを批判しつつ、明代の社会的現実に即応する理(知行合一や事上磨練など)をうち立てようとして陽明学が興(おこ)り、やがて、経典の権威の相対化、欲望肯定的な理の索定などの新思潮が生れたことに、この学問は起因する。

 そして日本では、中江藤樹(なかえ‐とうじゅ)、熊沢蕃山(くまざわ‐ばんざん)、三輪執斎(みわ‐しつさい)、佐久間象山(さくま‐しょうざん)、高井鴻山(たかい‐こうざん)ら、また大塩中斎おおしお‐ちゅうさい/平八郎)、吉田松陰(よしだ‐しょういん)らに受け入れられ、幕府の権威の相対であった朱子学に対して、革命的な知行合一事上磨練が倒幕運動の原動力となり、まがりなりにも日本は、歴史の中で近代を迎えることになる。

 当時の日本が欧米列強に対して、意の儘に日本を植民地化させないと奮戦したのは、吉田松陰の『海防論』に寄るところが大きく、幕藩イデオロギーが増幅されて、封建体制を終焉(しゅうえん)させたことは周知の通りである。

 しかしながら、『海防論』の背後には、松陰独自の「諌幕論」が流れており、彼は毛利家や幕府に非がある場合は、諌主、諌幕のために「一誠兆人を感ぜしめ」と云い、誠(まごころ)を尽くして、それに感じない者はいないという信念を持っていた。こうしたことが多くの後輩を育成し、概ね高杉晋作(たかすぎ‐しんさく)、久坂玄瑞(くさか‐げんずい)、吉田稔麿(よしだ‐としまろ)、入江九一(いりえ‐きゅういち)の松下村塾の四天王と謂われた人々は、松陰の「まごころ」に感化された人達であった。

 信じるという事は、理論上で、あるいは口先だけで唱えるのではなく、それを行い、生涯貫いてこそ大きな意味があるのだ。

 人は、縄を以て縛(しば)り、肉体の自由を奪うことは出来るが、縄を以てしても奪うことの出来ないものが精神であり、「まごころ」である。そして人の心を縛り付けるものがあるとするならば、それは「まごころ」に貫かれた「信」であり、前漢の歴史家であった司馬遷(しば‐せん)の『史記』には、「士は己を信ずる(知る)人のために死す」とある。

 人の世の、人と人の交わりの根源は「信」であり、「信」こそが大事をなす原動力なのである。
 信ずるところに神が現われ、信ずるところに「まごころ」が生まれる。信ずれば物事は成就し、憂い、疑えば物事は崩れるのである。

 物事は旨く運ばないから、希望を失うものではない。希望を失うから、物事は成就しないのである。見掛けがよく見えたり、貧弱に見えるのは表皮の部分の変化であり、一時の気紛(きまぐ)れである。この見せ掛けに多くの人々は眼を奪われ易い。見せ掛けに眼を奪われるということは「まごころ」の欠如であり、心眼と見識の低さばかりでなく、根本的には信念を失っているからである。

 凡夫(ぼんぷ)はこうした、一時の気紛(きまぐ)れと、カラクリに眼が奪われ易いものである。

 見かけ倒しに、恐れを抱いてはならない。

 山本常朝(つねとも)はこうした類(たぐい)に対して、「人間は、まことに良くできたカラクリ人形である」と言い捨てている。そして暫(しば)しの暗がりで、こうした「表皮的な可視現象を見せつけられているのだ」とも云っているのだ。

 カラクリ人形が、見かけに圧倒するポーズをとるのは、人欲があるからだ。人がもつ欲の多くは、減らすことをせず、殖(ふ)やすことばかりを考える欲である。欲に振り回されるものは、純粋さに欠け、どうしても不純物が多くなる。不純物が多ければ、その言動や行動は「信」から外れることになる。同時に人心は荒廃(こうはい)する。

 人心が荒廃すれば、「道」を学ぶ者が少なくなり、覇道(はどう)だけが盛んになる。弱肉強食の論理が罷(まか)り通ることになる。覇道を唱える輩(やから)は、自分こそ世界最強と自称することになる。外面を飾りだす。その実、己(おのれ)の欲望を遂げようとする。このような考え方が一世を風靡(ふうび)し、流行を作っていく。人々は先を競って、富強の為に理論武装をし、相手を陥れる為に謀略を企てる。その結果、計略などが幅を利(き)かし、一時の利益の為に名声を挙げようと企てをはじめる。

 人々は闘争強奪ばかりに明け暮れるようになる。行き着くところ、覇道の弊害(へいがい)が深く染み込み、賢智の人と雖(いえど)も、皆それに汚染されてしまい、「道」は埋もれてしまう。

 そして、子思(しし)、孟子(もうし)は、はからずとも千年後に周濂渓(しゅう‐れんけい)や程伊川(てい‐いせん)、程明道(てい‐めいどう)といった知己に巡り合うが、こういう事が実際にありうるならば、天下の万人に信じられるよりは、一人でもよいから、心から信じてくれる者に巡り合った方が、よいと云っているのである。

 葉隠の口述者・山本常朝も、天下万民に受け容れられようとして、『葉隠』を論じたのではあるまい。常朝は、「道」はもともと何ものにも捉われないものであるということを知り抜いていた。
 その為の行動原理は、「道」という武士道の行動原理は、天下の人すべてに信じられても多過ぎるとはいえないし、また、僅か一人にしか信じてもらえなくても、少な過ぎるとは言っていないのである。

 この心境は、『易経』 に云う、「人から認められなくても、不満に思わない」という事と酷似する。つまり、『葉隠』武士道論は、浅薄な人には到底理解の域を超えているのだとも言っている。
 『葉隠』が行動哲学である以上、それは論理で武装するものではないといっているのである。行動哲学である以上、人から信じられようが、信じられまいが、問題外であり、要は、自分の言動と行動が、「知行合一」の接点で、共通していればよいのである。


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