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誇りの裏付けとなる数々の技法

御式内
(おしきうち)

●御式内とは作法から構築されている

 武士階級の古人の、殿中での作法を現わしたものが「御式内」である。

 礼儀作法において、その基準を満たすものは、不作法でないことが、先ず第一に上げられなければならない。
 これは一種のマナーというべきものであろうが、如何に良家出身といえども、きちんと躾(しつけ)を受け、礼儀作法を学んだ気になっていても、時として、ボロを出す場合がある。

 それは上士に対してではなく、下士に対してである。下士は、自分より立場が低いと侮り、案外、横柄に振舞がちである。決して上士の前では歌わない鼻歌も、下士の前では安易に歌い、ボロを出している輩が少なくない。あるいは脚を組んだり、腰に両手を当てて構えて見たり、正座を崩して胡座をかいたり、侮った態度で接しがちである。
 こうした上士・下士の正対する態度から、あるいは服装で外側だけを見て、裡側の観察力と、そこへの凝視を怠る者は、幾ら良家の出であろうとも、その身に付いた作法は、出鱈目であるといわねばならない。

 そして基準となるのは、こうした場所で、接触を持ち、それに対応した各々の姿である。
 その姿を判断する場合、その評価側の感想は、一個人の人間性であり、その感覚は主観であり、その人の見識である。つまり良家出身者でも、その人に備わった教養が低ければ、その評価は以外と低いものになる。

 さて大東流は、御式内の作法を母体にして、各々の儀法が構築された武術である。
 つまり「礼武一体」である。
 ところが一部の大東流関係者や、武道関係者の中で「御式内」は武術ではないという人がいる。

 喩えば、武道の世界に、礼儀や作法の話を引用する場合、「武道とは、相手と自分の命をやり取りする勝負の世界であり、こうした世界に礼儀や作法を持ち出すべきものではない。勝つことが、第一の目的であって、その、勝つために普段から稽古をしているのである。勝てばいいのであって、その第一義を見失って、礼儀だ、作法だと煩く言うのは、武辺者(勝負事の武事に優れた人。武勇に優れたの人)の態度ではない」という見解を持っている人がいる。
 しかしこうした見解は、「礼」の概念について、どこか間違った意識を持っているのではないかと思う。

 一般に「武は礼に始まり礼に終わる」という。武道愛好者のその多くは、そうした意識を持ち、そう信じている。
 しかしこれは表面上のことであり、中味が伴っていない場合が多い。そして多くは、武は武、テクニックを駆使しての闘いは闘い、礼は礼と、三者を別々に考えている人が少なくない。
 こうした見解が罷(まか)り通るようでは、「礼」は即ち、武道愛好者の、然も、その中でも、閑人(ひまじん)の、外型と外面(そとづら)を飾るアクセサリーの一部に成り下がる。

 人間は社会的な生き物である。
 どういう形にせよ、人間社会では絶えず人と接し、その人との接点において、意識する、しないに関係なく、必然的に存在し、つき纏うのが「礼儀」の評価である。
 極端な言い方をすれば、人を斬り殺し、あるいは鉄砲で射殺す場合でも、そこに問われれるのは「礼」であった。しがたって礼の意識は、武技と不可欠なものにされていた。

 武術・武道を上げた場合、勝つことと、その後の態度が立派であることは、一体どちらに重点が置かれるべきか、ということを、一々論うことはナンセンスであり、こうした論自体に誤りがある。
 礼儀としての態度、あるいは態度としての立派さは、「勝つ」という目的に隨って展開される、スポーツ格闘技や競技武道は、「勝つ」という目的のために、礼儀や礼意識が邪魔するというのならば、その態度を自己の愛好する格闘技や武道に照らし合わせて再点検する必要があろう。

 命の遣り取りという、人間の極限状態において、死に狂いで闘うことは、相手もしくは敵に対しての礼であり、また思いやりでもあって、これが日本の古武士の伝統的習慣と、気風を育んだ。
 そのために、敵から攻め込まれない境地を築き、互に犯さず、犯されずの境地に到達することを第一の目的にした。そして、そこに礼があり、礼とは有事に当たっての、自己を全うするための行動規範であった
 その中には、あらゆる起居振舞と、内面を窺い知る、両者の対峙(たいじ)した情況判断が働いていたはずである。

 また一方、危険に対する感覚意識と、危険回避の意識が働いていたはずである。
 敵の攻め込む、打ち気の誘発を防止したり、躱したり、外したりの様々な己の裡側の精神的エネルギーを総動員して、犯さず、犯されずの境地を求めようとした。
 こう言う意味からすると、武の達人と言うのは、また一方で、礼法の達人とも言えた。

 江戸末期の剣客に松浦壱岐守清(1760〜1841)という人物がいた。
 松浦静山は心形刀流の剣の達人であり、また随筆の『甲子夜話』(かしやわ)の作者としても知られ、更には文武両道の名君として知られる、平戸藩五万六千石の藩主でもあった。

 『甲子夜話』から、静山の礼儀観を見習うならば、「礼儀の起り、用心の所より出たること故、此栓別を能く弁ずれば即剣術の旨にも通ずるなり、此言迂遠にて不分と思ふ者は真の剣術心にあらず」と記し、「礼儀というのは用心のことであるから、この言葉をもって、回りくどくて、よく理解できない者は、剣術というものに対して大きな誤解をしているのだ」と言っているのである。
 裏を返せば、剣の極意が「礼」であるというのである。

 さて、文武両道の達人からして、こう言わしめる行動規範の第一原則は、やはり用心であり、隙を作らぬことであり、相手を侮らぬことである。こうした教えが、御式内の殿中作法には含有されているのである。
 しかし残念なことに、御式内は大東流と何ら関係がないと一蹴する人がいるは非常に残念なことである。
 こうした人は、御式内の表面を見ているだけであって、その内部に内包された、裡側の行動規範を、不覚にも見逃しているのである。

 武術は、暴力の太刀合(たちあい)における、その格闘を意味づけるものではない。動きだけを追って、それに註釈を付けるものではない。人間の行動は、確かに表面的な動きが、外に伝わらなければ、それはアクションとして観察することができないかも知れないが、起勢は、概ね、動く以前からの「起」であり、この起の中にこそ、本当の敵を倒す動きが隠されているのである。
 そして人間としての起居振舞に、その内包された内在する力が隠されているのである。

 
起居振る舞いの「律」

▲起居振る舞いの「律」である。
膝行で前に進み出る時は、
まず、踵の上に部分の尻部を載せ、
左膝から進み出る。

 
三宝を運ぶ時の起居振る舞い

▲三宝を運ぶ時の起居振る舞い。


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